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石器文化研究会 シンポジウム
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イチゴ狩り

 土曜日はあいにくの雨模様でしたが、近所にイチゴ狩りに行ってきました。
イチゴ狩り_a0186568_2138662.jpg
 日野市万願寺にある柴崎園芸さんです。多摩都市モノレール「万願寺」駅から歩いて行けます。
 無農薬のハウス栽培で完全予約制です。当日の朝、急きょ電話したのですが...雨天のため団体さんのキャンセルが出たとかで運よく行くことができました。
イチゴ狩り_a0186568_2143145.jpg
 ハウスの中に、大人の腰の高さくらいのところにイチゴ(とちおとめ)の棚がセットされてます。
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 こちらでは、11月くらいにスタートして春先までやってらっしゃるとのこと。HPでご確認ください。
イチゴ狩り_a0186568_21451277.jpg
 なお、食べ放題式ではなく、摘み取り買取方式です。買い取りは、100g=200円。ちょっと高目かもしれませんが、大粒で新鮮なとちおとめです。
イチゴ狩り_a0186568_21464134.jpg
 棚の高さは息子1にちょうどよいくらい。でも、無理やり引っ張ると苗を痛めてしまうということで、大人が手伝って収穫します。
イチゴ狩り_a0186568_21474185.jpg
 小さいほうは、抱っこしないと無理でした。
イチゴ狩り_a0186568_2148873.jpg
 あっと言う間に、2パック収穫。待ち切れないということで、いったん清算して賞味することに。ちなみに、これで800g強でした。
イチゴ狩り_a0186568_21492696.jpg
 いうまでもなく、ヘタを取るそばからあっと言う間になくなります。
イチゴ狩り_a0186568_21494661.jpg
 この後、摘み取り2回戦目に。250gちょっと収穫して終わり。
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 これは受粉用のミツバチの箱。今日はあまりにも寒かったので飛んでませんでしたが、いちおう、刺されないように気をつけてくださいとのことでした。ミツバチを使っているので、農薬は使えないということで、洗わずに食べれます。
 イチゴ狩りと言えば、千葉とか静岡までおでかけもいいのですが、近所で気軽に楽しめるのも悪くないですね。
# by asiansophia | 2012-03-18 06:00 | おでかけ/ Japan

PJAM2012#4 ローフリー・バイパス地区

 SALU滞在第1日目(2/20)は、マッラー教授のご案内で、ローフリー丘陵北端のバイパス地区と、サッカル市街のラカンジョ・ダーロ遺跡を訪問しました。
 その詳細の前に、訪問地の位置、地理など。こちらにGoogle Mapを準備しましたのでよろしかったらどうぞ(別窓)。
 画面中央左側の緑の帯が、インダス川とインダス平原、右半分はタール砂漠(大インド砂漠)です。タール砂漠の西端、画面のほぼ中央に、インダス平原から枝分かれした細い緑の帯が見えると思いますが、これがナラ低地(Nara Valley)です。「ナラ」というのは、ずばり「川」とか「水路」という意味だそうですが...ここはかつてインダス川の支流(本流)が流れていた跡で、現在はインダス川に設けられたサッカル・バラッジ(取水堰)からひかれたナラ運河に灌漑されてどんどん農地が拓かれています。
 そしてナラ低地とインダス平原に挟まれた、タール砂漠の飛び地部分が、今回の主要な訪問・調査対象です。
 この飛び地の北半分、すこし色が濃く見える範囲がローフリー丘陵(Rohri Hills)。南北90km、東西30km、周囲から30~90mも高い台地上の地形です。
PJAM2012#4 ローフリー・バイパス地区_a0186568_921879.jpg

 中生代、恐竜の時代、インドはまだアジアとつながっておらず、現在のチベットとインドの間にはテチス海という大洋が広がっていました。その後、インドがアジアと衝突し、ヒマラヤが隆起して現在の地形になったわけですが...
 いまから4~5千万年の古第三紀始新世の頃、このあたりはまだ分離していたインドの北端の浅い海でした。そこに形成されたサンゴ礁が広大な石灰岩の地層を作りました。そしてその石灰岩層の一部が、ローフリー丘陵のあたりで隆起して地上に顔を出し、その後、地層の柔らかい部分が削られてテーブル状の台地(メサ)として残った、と言うわけなのです。
PJAM2012#4 ローフリー・バイパス地区_a0186568_92275.jpg

 そして世界中の中生代~古第三紀の石灰岩層の例(イギリスの白亜層とか、フランス南部のジュラ層とか)に漏れず、ここにも、良質なチャート(フリント)が石灰岩層中に含まれています。そして、そのチャートに目をつけた古代人が、100万年以上前の前期旧石器時代から4千年前頃のインダス文明期まで、この丘陵に集まって、原石を入手して石器を作り、多数の遺跡を残したのです。
 ここローフリー丘陵にチャート原石と遺跡があることは19世紀末から知られていましたが、本格的な調査は1990年代に入ってからです。SALUとイタリア隊の共同調査が2000年まで続けられ、丘陵西部のシャデー・シャヒード地区周辺で、旧石器時代の遺跡やインダス文明期の採掘跡が調査されました。
 そして2000年以降は、マッラー教授、ヴィーサル教授らが調査範囲を広げて、丘陵の北端から、南および東側のタール砂漠まで、多数の遺跡を発見し続けています。
PJAM2012#4 ローフリー・バイパス地区_a0186568_9362617.jpg
 これは、マッラー教授らが発見したうち、旧石器時代と中石器時代の遺跡の分布です(地図は、経産省とNASAの共同プロジェクトによるASTER-GDEMをもとにカシミール3Dで作成しました)。発券され、正確に位置を記録された遺跡は200地点以上ですが、遺物が散布していることは分かっていても位置を記録していない地点もまだ多数あり、何よりも踏査が及んでいない範囲が...
 話しは戻って、第1日目に訪問したバイパス地区は、このローフリー丘陵の北端にあります。縞模様の顕著な、とても良質なチャートが産出します。おそらく、この縞チャートは、インダス文明期にモヘンジョ・ダーロなどで使用されていた立方体の「おもり」(秤用)の素材となったもので、もしかしたら、この一体に、採掘・製作遺跡が残されているのかもしれません。
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(こちらは、モヘンジョ・ダーロの遺跡に併設された博物館に展示されているチャート製の「おもり」)

 マッラー教授たちは、この一体で十数地点の石器製作遺跡(前期旧石器~インダス文明期)を記録しているのですが、1990年代末に、この丘陵を横断するかたちでバイパス道路が建設されるとともに、石灰岩の工業採掘が急ピッチで進み、遺跡が破壊の危機に瀕していることは、つねづね聞かされていました。
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(丘陵を横断するバイパス道路)

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(石灰岩の採石場)

 インダス文明期の採掘遺跡と違って、現代の採石場は、ダイナマイトで丘陵を吹き飛ばし、ブルドーザーでごっそりと石を攫っていくというものです。毎年のように、地形が改変されて記録される前の遺跡が失われ手いる可能性があるということで、今回のわれわれの訪問に際してのマッラー教授のリクエストのひとつが、この地区における遺跡破壊の現状を確認して、早急かつ効果的に遺跡を記録する方法を検討する、ということがありました。
 残念ながら日本とは異なり、こうした遺跡を保護する法制は整っておらず、州政府、および地元県の行政担当者は、大学からの訴えに耳を貸すことはなく、マッラー教授らが採石場の管理者に個人的に「このあたりだけは残しておいてくれ」とお願いするしかない状態だということです。
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 ということで、採石場の一角に車を停めて、本当に削り残したという一角をよじ登ります。
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 足場が本当に不安定で、足を滑らせたら最後、20mくらい石ころだらけの斜面を滑落しかねない細道を登って、遺跡が残されている丘陵頂部へ向かったのですが...
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 なんと?! 遺跡はすべて、ブルドーザーで削平されてしまった後でした...
 崖に沿ってブルドーザーが削り残したわずかな部分に、石器が残されています...
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 前期旧石器時代のハンドアックスも落ちていました。ローフリー丘陵内は旧石器時代遺跡の宝庫ですが、ハンドアックスをともなう前期旧石器時代遺跡は決して多くありません。その中で、このバイパス地区は有望な場所だと考えられていただけに残念です。
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 マッラー教授の怒りと失望の大きさは計り知れません。

 といことで、いきなり暗雲立ち込める? 現地踏査でしたが...続きは次回
# by asiansophia | 2012-03-17 20:00 | PJAM2012

石器文化研究会第255回例会のお知らせ

 石器文化研究会第255回例会のお知らせです。

 例会案内はこちら


石器文化研究会第255回例会

日 時 :3月24日(土)14:00~

会 場 :明治大学駿河台キャンパス猿楽町第2校舎3階 考古学実習室
     ※猿楽町第2校舎は御茶ノ水駅側(マロニエ通り側)から入ったところは4階です。
      考古学実習室へは階段を下りてください。


タイトル:「中部・関東地域における稜柱系細石刃石器群の技術的変異性と地域・集団的帰属に関する研究」

発表者:夏木大吾 (東京大学大学院) 


内容
 本発表では中部・関東地域の稜柱系細石刃石器群について取り扱う。
 主に関東地域に焦点を当てて、石材・技術運用の変異性について整理し、そのなかの技術的変異性が地域・集団的問題とどのように関連するか検討する。

(会場はこちらです)

# by asiansophia | 2012-03-17 08:58 | 旧石器考古学/Palaeolithic

PJAM2012#3 とりあえず第1日目

 前回からの続きです。
 24時間警護付、とか言うと、どんな物騒なところなんだと思われるかもしれませんが、いろいろ事情があるようでして...
 確かに、昨年来、国連やNGOスタッフなど外国人の誘拐が数件起きています。ご存知の通り、米軍によるアル・カーイダの指導者の暗殺作戦やら、隣国のアフガニスタン情勢やらの影響で、タリバーン系の民兵、ゲリラ組織の活動が活発になっている地域もあります。カラチでは、民族、宗派対立による暴動、衝突も起こっています。ただしパキスタン全土が等しく危険かというと、そうではなくて治安も良好な地域と、非常に危険な地域とが明瞭に分かれている状況です。
 また、軍政が終焉し、民主的に選挙が実施される社会情勢になったことで、かつては押さえ込まれていた多様な主義主張が大っぴらに叫ばれるようになったことで、潜在的な衝突のタネはかえって顕在化したようですが。たとえば、前回訪問時(2004年~2007年:軍事政権最後の年)には、支持者の村々の落書きでしか見なかった、シンド・ナショナリストのシンボルマークや旗、スローガンが、大学構内も含めてそこら中に掲げられています。ただし、お隣のバローチースターン州の状況とは違って、ここでは分離独立を叫ぶような急進派はほとんどいないようですが。
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 ちなみにわれわれの訪問先のシンド州北部は、一部地域(北西側)を除くと治安はきわめて良好なようです。それでも、政府の方針ということで、われわれの滞在は地元警察にあらかじめ登録されて、到着時には治安警察の係官が来まして(で、大学の手続きが遅れて正式な書類が通る前にわれわれが到着してしまったので、マッラー教授は文句を言われていたようです)、その後は、ゲストハウスの外に出るときは必ず同行するように、と言うことで、ハイルプール県警察から派遣された自動小銃を持った警官2人と、2週間一緒に過ごすことになったのでした。
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 で、こちらが、われらがガードマン、左がムバーラク、右がアブドゥル・カーディル。最後は、Kさんととても仲良くなって、お別れの時には半べそかいてました。

 そんなこんなで、初日は10時過ぎに博物館にあらわれたマッラー教授と打ち合わせをする間もなく、その治安警察だとか大学の関係だとかでバタバタしてたのですが、それらを何とかやり過ごすと、ようやく、考古学のお話しの時間となりました。
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 こちらは、自分の研究についてマッラー教授に説明するKさん。何とこの後、彼のリクエストは言い値で全部通りまして、滞在期間では足りないくらいの材料を手にすることができたのでした。何という、幸運!!
 で、私の方はといいますと、昨年6~7月にマッラー教授が来日していたときから議論してきたテーマがいくつかありましたので、それらをどんなスケジュールでこなして行こうか、ということだったのですが...
 この後、マッラー教授から、さっそく遺跡を見に行こうという提案があり、昼食後、チャート原産地遺跡群があるローフリー丘陵へ向かうことになりました。
 ちなみに、昼食は、前夜の夕食とほぼ同じメニュー、チキン・カラヒ(チキン・トマト・カレー)、サブジ(ミックス・ベジタブル・カレー味炒め)とプラオ(ご飯)、チャパティです。
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 このチキン・カラヒが絶品。トマトの酸味とスパイシーなマサラがよくマッチしていて、油断しているといくらでも食べてしまいそうです。以後、毎日、毎晩、40代の胃袋事情と相談しながら、時には消化薬の力も借りながら、何とか2週間、おなかを壊さずに乗り切りました。なおKさんは、若さにまかせてガンガン食べてましたよ。
 と言うことで、ローフリー丘陵は、また次回。
# by asiansophia | 2012-03-16 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#2 躍進するSALU

 無事、中断せずに第2回です。
 今回滞在したシャー・アブドゥル・ラティーフ大学(SALU)は、パキスタンの南東部を占めるシンド州の中でも北の方、インダス川左岸のハイルプールという町の郊外にあります。シンド州北部の総合大学は、今のところここだけ(ほかに医科、工科大学はあるらしい)ということです。
 滞在期間中はずっと、SALUのゲストハウスにお世話になりました。3食付です。
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(ゲストハウスの中庭、パキスタンの国旗のデザインです)

 前回(2007年)の滞在時には、2部屋しかない小さいなゲストハウス?だったのですが、今回は何と、16部屋もあってエアコン、WiFi完備の新ゲストハウスが完成していました。
 SALUは現在、次々に新しい建物が完成し、学生数もここ数年で5,000人から7,000人まで増えたとのこと。しかもこの4月には、インダス川の向こう岸、シカルプールに新キャンパスがオープンするとのこと。前回は、道路だけあって校舎など何もなかった側にも、新しい建物がガンガン建っています。その中に、ゲストハウスと、考古学研究室も入っている考古学・人類学博物館、生物多様性保護センターと植物園などがあり、さらに滞在中の2/28には新本部棟がオープンして大々的なセレモニーをやってました(潜り込んできました)。
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(新本部棟オープニング・セレモニー、レッド・カーペット!)

 これらの新建物は、すべて、前考古学研究室主任教授にして、現副学長のビッグ・マダム、N.シェイフ教授が音頭をとって完成させたとのこと。さすが!
 その発展振りには大いに驚いたのですが、マッラー教授によると、大学用に留保されている土地のうち、まだ1/3以下しか開発されていないとのことでした...将来、どんな大学になるのでしょうか?
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 2008年にオープンした考古学・人類学博物館、2階建てで、1階が考古学、2階が人類学部門の展示...の予定ですがまだ準備途上のようでした。
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 正面玄関の看板。博物館の中には、考古学研究室のスタッフの部屋もあります。が、将来的には、考古学研究室は西隣に新しい建物を建てるようです。今回のわれわれの滞在中に、マッラー教授がそのための用地の確保を、学部長と副学長に直訴して無事、ゲットしてました。なお、こちらでは欧米式に学長は名誉職(SALUの場合、現在はシンド州名誉知事が学長も兼任しています)なので、副学長というのは実質上のトップです。
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 博物館の東隣は、「神官王広場」と名づけられた...バレーボールコートでした。ここに、PJAM研究所を建てるのが将来のわれわれの野望です(嘘)
 とまぁ、ブラブラと早朝のキャンパス内散歩をKさんと2人で楽しんでみたのですが、実は、われわれだけでフラフラできたのはコレが最初で最後、この後は、24時間武装警官の警備付になってしまったのでした。
 と、その詳細はまた後ほど。
# by asiansophia | 2012-03-16 06:00 | PJAM2012