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Days in Tokyo, with Prof.Mallah#1

Memory of days in Tokyo #1: 12-15 June

Days in Tokyo, with Prof.Mallah#1_a0186568_20475283.jpgProf.Mallah has arrived at Narita International Airport on 12 June. We invite him by International Exchange Programme of Meiji University(MU) for a month. Now he stays in new-opened MU Izumi International House. It is at Meidai-mae 5minutes off Shinjuku.

Days in Tokyo, with Prof.Mallah#1_a0186568_20484156.jpg


On 13th, the first day in Tokyo, we have dropped in Tokyo Metropolitan Government Building on the way to Meiji University Main Campus,. Unfortunately it was foggy so we couldn't see clear view from 220m above sea level...It wasn't possible to see Mt.Fuji.

Days in Tokyo, with Prof.Mallah#1_a0186568_20515131.jpgAt Main Campus of MU, Prof.Mallah met so many people...then we; Prof.Yajima as host of invitation, Prof.Mallah and I were coming to the famous Tempura Restaurant in the Hilltop Hotel.

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Prof.Mallah is very excellent to use chopstick.

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We had a course of Tempura. This is Japanese tiger prawn.

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Green asparagus and squid. After, sillago, Megochi (Suggrundus meerdervoortii), onion and bell pepper, then conger. We were fulfilled with those tasty Tempura and fruitful conversations.


On 14th, we have visited Ancient Orient Museum, Tokyo to see their exhibition and to meet Dr.Uesugi. Prof.Mallah was pleased reunion with Dr.Uesugi.
(sorry no picture here)

Days in Tokyo, with Prof.Mallah#1_a0186568_20562347.jpgOn 15th, Prof.Mallah gave special lecture on the general view of pre- and proto-historic studies of Pakistan, in Tokai University.

Days in Tokyo, with Prof.Mallah#1_a0186568_2057440.jpg





It was well-arranged lecture. So we could know the essential of Pakistani archaeology.

Days in Tokyo, with Prof.Mallah#1_a0186568_2101737.jpg

After his own lecture, Prof.Mallah took a short but special lecture with experiment on Jomon cord-marking by Mr.Miyahara, a lecturer of Tokai University.

Days in Tokyo, with Prof.Mallah#1_a0186568_210153.jpg
Then Prof.Kondo, as the president of Indian Archaeology Society of Japan, gifts volumes of the journal Indo-kouko-kenkyu to Prof. Mallah.
Days in Tokyo, with Prof.Mallah#1_a0186568_2103937.jpg
Then we had our dinner at popular chain restaurant. Prof.Mallah was very interested with the name of restaurant...it is 'Jonathan's'. So this is very funny picture...Jonathan's professors.
by asiansophia | 2011-06-16 21:57 | 南アジア考古学/SA Arch.

A friend comes from Pakistan: 有朋自遠方来不亦楽

A friend comes from Pakistan: 有朋自遠方来不亦楽_a0186568_11213642.jpgA friends comes from Pakistan- Prof.Qasid H. Mallah from Shah Abdul Latif University Kharipur, one of the most active Indus archaeologist in Pakistan (see special issue in Science) is invited by International Exchange Programme of Meiji University. He will stay in Tokyo until 9 July and give us 4 time of lectures.
(Prof.Q.H.Mallah @Thar, Mar 2007)
A friend comes from Pakistan: 有朋自遠方来不亦楽_a0186568_11212098.jpg
It was March, 2007 to see him at Khairpur. He guided us to Palaeolithic~Indus sites in Thar region. It was really memorable experience for us with Prof.Mallah's exciting driving.
(Prof.Mallah, Prof.Kondo&Prof.Veesar @Thar)

A friend comes from Pakistan: 有朋自遠方来不亦楽_a0186568_11321797.jpg


His main research field: Rohri Hills and Thar Desert include big potential for South Asian archaeology. So this time we get chance to touch updated information about his recent achievement. It should be great pleasure for us.           (Prof.Mallah &Prof.Veesar)

A friend comes from Pakistan: 有朋自遠方来不亦楽_a0186568_11364569.jpg 6/12~7/9までの間、パキスタン、Shah Abdul Latif大学のQasid H.Mallah教授が、明治大学の招聘プログラムにより東京に滞在されます。
 Mallah教授は、今日のパキスタンでもっとも精力的なインダス考古学の研究者としてScience誌の特集記事でも紹介された方です。巨大なチャート原産地であるRohri丘陵、Thar砂漠地域とその周囲を研究のフィールドとし、多くの重要な遺跡を発見、調査されています。
 今回の来日期間中に、4回のレクチャーが開催されることになっています。ふだん、なかなか触れる機会のないパキスタンの考古学、とくに旧石器時代~インダス文明期についての最新の調査成果を知る絶好のチャンスですので、興味をお持ちの方はぜひご参加ください。
 とりあえず、直近のレクチャーについて、左に案内を添付しておきます。
 このほかのレクチャーと、滞在中の動向についてはまた後ほど。
by asiansophia | 2011-06-15 11:42 | 南アジア考古学/SA Arch.

土器焼き: firing replicated pottery

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_0423321.jpgLast Sunday, we have visited Tokyo Metropolitan Archaeological Research Center, to look the experimental workshop for pottery firing. The workshop was taken place at 'Jomon Village' garden beside the Research Center. It is open for public.
 日曜日、東京都埋蔵文化財センターが主催している縄文土器づくり教室の土器焼き(野焼き)におじゃましてきました。

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_0434127.jpg

 東京都埋蔵文化財センターは、京王・小田急多摩センター駅のすぐ近くにあります。発掘調査した資料の整理と保管を行なうとともに、展示やさまざまな普及・体験事業を行なっています。
 土器焼きは、センターに隣接した遺跡公園「縄文の村」の一角で行なわれています。

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_0492194.jpg


 縄文の村のの入り口近くに置かれている巨大な復元土器は、息子1と同じくらいの大きさ。
 息子1は、はりきってます。ところが、息子2は到着前に昼寝モードに入ってしまい、しばらく寝てましたzzz...

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_0523320.jpg



 茅葺きの復元竪穴住居。ここは、多摩ニュータウンNo.57遺跡の保存区域でもあり、発掘された住居跡が現地保存されているほか、3棟の復元住居も建てられています。

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_0555350.jpg


 息子1は興味津々。この後も、お気に入りの住居(方形)に何度も入って、家族全員の座るところを指示していました。
 一方で息子2は、昼寝から目覚めた途端、謎の空間にいたので終始ご機嫌斜め。当然、薄暗い復元住居には一度しか足を踏み入れませんでした。

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_0561332.jpg

 息子×2と到着した時には、すでに準備が終わって本焼きに入るところでした。

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_0594964.jpg






 並べられた復元土器の上に、この後、燃料材(薪)がどんどん重ねられていきます。

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_105462.jpg

 こんな感じに覆われると...

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_11677.jpg






 あっと言う間に、高く勢いよく炎が上がります。

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_131094.jpg

 30分少々で薪がほぼ燃え尽きた頃には、見事! 焼きあがっていました。

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_161286.jpg





土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_16374.jpg





 できたてほやほやの作品たち。
 考古学の中の人、お手本の土器、分かりますよね?

土器焼き: firing replicated pottery_a0186568_165245.jpg


 とは言っても、実は本当に覗きにいっただけなので、全然作っていません...
 ちびっこいのが2人、うるさくてすみませんでした...
 そしてこの後、奥さんと急ぎ子守りをバトンタッチして、成田までパキスタンからのお客さんの出迎えに行ったのですが...余裕の到着のはずが、スカイライナー運休、成田エクスプレス遅延のダブルパンチ。そういう時に限って、到着便はどんぴしゃりでオンタイムだという...orz
 でも、何とかギリギリで、到着ロビーに出てきたところを掴まえられました。

Nearby entrance of the garden, there is a large replicated Jomon pottery. It is as tall as Aki (photo#2).
Aki was enjoying the garden (photo#3) but Tomo was almost sleeping...zzz
The garden is on the preserved area of Tama Newtown No.57 Site. There are 3 restored Jomon dwelling pits with thatched roof inside the garden (photo#4).
Aki was very interested with those restored dwelling pits (photo#5).
When we arrived, it was the time just starting to fire. By primary firing, pottery were already dried up. It is very important to avoid cracking by water vapor with heating (photo#6).
Covering pottery with firewoods (photo#5-6).
Soon large flame arose (photo#7).
Pottery were fired (photo#8).
About 30 minutes after, almost firewoods were burnt and firing process was completed (photo#9-10).
Fine replicated Jomon pottery. However almost participants of this workshop are not archaeologists, students but ordinary people. How their works are splendid! (photo#11-12).
However we-I and my sons were not making pottery this time. We were just observer...

Then after back to home, I was coming to Narita International Airport to welcome Prof.Q.H.Mallah from Pakistan.
The story with Prof.Mallah should be told in later post.
by asiansophia | 2011-06-15 01:36 | おでかけ/ Japan

「春の小川」はなぜ消えたか 武蔵野台地の河川と水路

 古地図の集成と地理・地形学についての燻し銀のラインナップが揃う之潮から、『「春の小川」はなぜ消えたか』(田原光泰著)が刊行されました。現在では、その大部分が暗渠となりまた下水道幹線として利用されている渋谷川(古川)の、歴史と現状を詳細に実地調査した成果がまとめられ、巻末には折り込み地図まで付されています。これで¥1,800+税は、超お買い得でしょう。
 街歩きマニア必携です。
 そして考古学者にとっても...都市部において、現行の地形図からは復元が困難な旧地形・水系を知る手がかりとなるだけでなく、その水路の利用の歴史を知る上でも、大変役に立つ一冊です。現在の代々木駅、新宿御苑付近の渋谷川の水源地域は、近年、新宿駅南口再開発や道路工事にともなって発掘が続き、後期旧石器~縄文時代の遺跡の所在が明らかになってきたところです。いま現在、現地では道路上の起伏でしか追えない旧地形が、この本によってよく分かります。

 またそれとは別に、近・現代の下水道利用と暗渠化の以前の、用水路としての利用についての記述もまた重要です。武蔵野台地東部、つまり現在の東京都心部~山手地域は、西郊よりも深く複雑な谷が多く刻まれていますが、これは台地全体の基盤地形の形成に深く関わっています。多摩川下流部の氾濫原~河口部として形成された台地東部の基盤は礫層ではなく砂~シルト層であり、その後の海面低下期に下刻が進んで深い谷となっているのです。
 そして同時に、かつての多摩川の上~中流部、すなわち扇状地帯として形成された台地西部に対して、旧扇状地端部からの湧水に恵まれ、深い谷には水量が豊富な川が流れていました。このため、弥生時代以降も連綿と集落遺跡が残され、中世においても武蔵南部の拠点的地域の一角をなすのです。江戸城が、旧国府ではなく、現在の場所に築かれたのは当然の帰結と言えるでしょう。
 対して、台地西部では多摩川沿いの低地を除くと水利に事欠き、低地と湧水が得られる崖線沿いを除き長らく荒蕪地が広がる状況が続きます。この状況は、縄文時代以降、なんと1万年近くも続くのです。
 この状況を一変させたのが、玉川上水の通水です。多摩川上流部の水を台地のもっとも標高が高い地区を通して、そこから北へ南へと水を落とすことができるようにするという未曾有の水利システムが完成したことにより、台地西部では新田開発と人口増の時代が訪れます。
 もちろん玉川上水は、元来、巨大都市江戸の水利を第一の目的として開発されたものですから、当然、江戸市中も恩恵を受けるわけですが...流れてきた水は、最終的にはどこかに排水しなければなりません。用水路は排水路と一体となって整備されていくことになります。

 かなり長くなってしまいましたが、『「春の小川」はなぜ消えたか』でも細かく調査されているとおり、かつての谷と自然水系は、江戸時代には用水・排水系の中に組み込まれていくことになります。
 私たちが手にすることができる、東京、武蔵野台地のもっとも古い地形図=明治13年の迅速測図にあらわされている水路の多くは、実はそうした過程を経て整備されたものが大多数です。明治期以降の水量そのほかの地誌・水文の記録も、決して自然状態のものではありません。たとえば『新編武蔵風土記稿』の記述を見ると、台地東部のいまでは暗渠化されている諸河川の多くが、野川上流部などより川幅が大きく水量の多い「川」として記述されています。
 旧地形の復元には、地理・地形学だけでなく、現在観察される状態がどのような歴史的過程を経て成立したのかという土地利用史、景観利用史の観点も組み込まれなければなりません。


之潮の関連出版物


新版・川の地図事典 江戸・東京/23区編


江戸・東京地形学散歩・増補改訂版


川の地図事典 多摩東部編


by asiansophia | 2011-06-12 10:19 | 野川・多摩川/RegionalStudy

直下型地震は起こるのか?

 6/9に、地震調査研究本部(本部長:文部科学大臣)第227回地震調査委員会が開催されました。報道では、双葉断層(宮城県~福島県)、立川断層帯(埼玉県~東京都)、牛伏寺断層(長野県)などで地震の発生確率が高くなっていると指摘された部分がとくに取り上げられているようですが、こちらのPDFの資料にあるように、全国の活断層および海溝型地震の発生確率があらためて再評価されています。
 ざっと目を通すと、千島海溝、三陸沖(今回の震源域の北側)、相模トラフ、南海トラフ、日向灘における海溝型地震のいくつかのケースが、10年以内の発生確率20~60%と高く評価されています。なお南海トラフのうち東海地震の推定震源域については「いつ起こってもおかしくない」とする防災中央会議の報告(2001)を引用しています。また、3/11の震源域では、引き続きM7.0クラス以上の余震が起こる危険性が指摘されています。
 一方、活断層では糸魚川-静岡構造線のうち牛伏寺断層を含む区間の、今後30年以内に14%というのがもっとも高い数値のようです。ただし参考として示されている駿河トラフにおける海溝型地震と連動する富士川河口断層帯のケースaでは30年以内に10~18%です。
 これをどう読むべきなのか? いろいろと難しいところもありますが、今回の報告書の末尾に示されているように、1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)についてその直線の評価は30年以内に0.02~8%でした。報告を公表するにあたって阿部勝征委員長は、「これまで起こらなかったものが起こらないという視点は捨てて、科学的な根拠で想定できるものに関しては、その情報を採り入れていこうという決意表明」と述べたそうです。
 つまり、可能性が指摘されている活断層型地震、海溝型地震はどれも「起こり得る」という前提で対策をとっておくべきということではないでしょうか? 示された発生確率が低いからといって「起こらない」という訳ではないので、とれるべき対策から順次対応していくほかないのでしょう。
 こちらは、防災科学技術研究所(防災科研)高感度地震観測網Hi-net自動処理震源マップ(東日本・直近7日間)です。引き続き、3/11本震の震源域は揺れ続けています。この範囲で、最大M7~8クラスの余震の発生の可能性があるということです。
 また福島県浜通南部~茨城県北部にかけてと、千葉県北東部(銚子沖付近)では震源の浅い地震が頻繁に発生しています。茨城県南西部~千葉県北東部の震源の深い地震も同様です。「2011年5月の地震活動の評価」に報告されているそれぞれの地域ごとの状況を見ると、明らかに3/11以降、地震の発生回数が急増しています。今後、より大きな(M7クラス)の地震に注意するだけでなく、たとえば2000年の千葉東部地震では家屋損壊の被害も出ています。
 あまりにも頻繁に揺れるので、ついつい大丈夫だろうと見なしてしまいがちですが、注意しておくことにこしたことはありません。
 地震列島日本に暮らし続ける上での宿命です。

On 9 June, the Headquaters for Earthquake Research Promotion (director: Minister of Education, Sports, Science and Technology) hold Earthquake Research Committee and report "Long-term estimation of seismic activity of active faults and plate boundary earthquakes" (in Japanese).
Almost seismic zone of plate boundary earthquake -along the Pacific shore are estimated high probability: 20-60% occurrence of M7 class earthquake within 10 years.
There is still high probability of max M8 class aftershock in the seismic source area of 11 March largest earthquake.
And there are so many active faults assumed to be source of M7 class earthquake.
The Hi-net seismic sources map (by National Research Institute for Earth Science and Disaster Prevention) shows frequently aftershocks off Tohoku reigion (39°~36°N, 141°~143°E).
Frequently shallow earthquakes are observed both Fukushima (Hamadori)~Ibaraki and east of Chiba. Another deep earthquakes are sourced from SW Ibaraki~NW Chiba. Frequency of earthquake occurrence in those area is absolutely increased after 11 March.
We must...not consider about low probability as 'safe'. We should make any countermeasure in each regions, with each estimated cases.
We always remember that we are living on extremely active place in the world.
by asiansophia | 2011-06-11 23:17 | 3.11 Earthquake

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_22505652.jpg ちょっと考古学そのものから離れた南アジアの記事をお届けします。
 右の写真は、パキスタン、カイバル・パクトゥンクワ州(旧北西辺境州)の州都ペシャワールでビーズ工房とショップを営むAbdulmominの自慢の作品です。
 ラピスラズリ(青)、孔雀石(薄緑と緑:マラカイトとも)、紅玉髄(赤~オレンジ:カーネリアン)、トルコ石(水色)などのビーズと銀のオーナメントを組み合わせたペンダントとブレスレットなど。

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_23162084.jpg
 ビーズの細工はとても丁寧できれいな仕上がりです。

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_2318080.jpg







 こちらがAbdulmomin。彼のお父さんも兄弟もビーズ職人という一族です。
 もともとは、アフガニスタンのマザリシャリフ出身のトルクメン人なのですが、母国の混乱を避けて一家でペシャワールに逃れてきたとのこと。その後、ペシャワールの旧市街のAndar Sheherに工房とショップを構えることとなりました。

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_23262814.jpg

 こちらはAbdulmominの弟。現在、トルコ・イスタンブールのバザールでお店を任されてるようです。

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 こちらは工房の様子。さまざまなビーズ素材の原石やパーツが...
ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_23281622.jpg


 ビーズの細工だけでなく、デザインも洗練されています。
 彼の一家は、インダス文明研究の大家である、アメリカ・ウィスコンシン大学のKenoyer教授にも高く評価されていて、アメリカの博物館での実演展示、ワークショップに参加したこともあるほどです(紹介記事はこちら)。

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_23282565.jpg







 ビーズの加工中。さすがに、電動ドリルを使用していますね。

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_23354645.jpg
 これは、写真ではなかなかすごさが伝わりにくい逸品。1つが数ミリという、マイクロ・ビーズをふんだんに使ったネックレスです。
 絨毯の編目の大きさと比べて見たら、少しは分かるでしょうか?

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_23423814.jpg




 また別の作品群。“いいもの”はトランクの中にしまってあるのです。

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_23433352.jpg

 某神戸の大学のK先生。ラピスと金の大きな首飾りをつけて、気分はウルの王様でしょうか?






 アフガニスタン北東部バダフシャン州に良好かつ大規模な鉱脈のあるラピスラズリは、紀元前の時代から、遠くメソポタミアやエジプトまでもたらされていました。大英博物館に展示されているウルの王墓の出土品一式はとても有名です(写真は大英博物館の所蔵品、ウル第3王朝、BC2600頃)。

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_002518.jpg


 実は、Abdulmominには何度も自宅でご馳走になっています。これは2006年12月~2007年1月、Mominの弟、インド留学中のKさん、そして南アジアと言えばのUさん。

ペシャワールのビーズ工房: lapidary beads working from Peshawar_a0186568_00541.jpg

 Abdulmominの兄弟、息子と日本人ご一行。
 そして彼は、以前から日本へ進出するべく機会を覗っています。もし、この記事を見て興味をもたれた方いらっしゃいましたら、ぜひご一報ください。

 Picasa上のAbdulmomin自身のウェブ・アルバムはこちらからご覧になれますよ。


Those splendid lapidary beads working are from Turkmen Beadmaker, Andar Sherher, Old City of Peshawar, Pakistan.

Vivid blue beads are made of Lapis lazuri from Afghanistan. Both pale and deep greens are Malachite. Reds and oranges are Carnelian from India. Skyblur (or so-called turquoise blue) are Turquoise. All beads are definitely fine (photos #1-2).

Since 2004, I have been to Peshawar and adjacent Kybar Pakhtonkhwa (former NWFP) region 4 times. Every time I and my friends have visited our friend Abdulmomin at his shop (photo#3).
He is the eldest son of Mohammad Ashoor, skilled beadmaker. All of his family work with beadmaking. They are Turkmen from Mazar-e Sharif.

One of his brother is now at Istanbur, shopkeeping in the famous Grand Bazaar (Kapalı Çarşı) (photo#4).

They are gathering various stones over the world. Manufacturing fine beads in their own workshop (photo#5-7).

Most incredible work is micro-beads of Lapis lazuri-necklace with hundreds (thousands?) of smallest beads (less than 2 millimeter) (photo#8). You will feel very smooth touch like as silk.

Prof.J.M.Kenoyer, the famous Indus archaeologist from Wisconsin Univ., admires their skill. Once Mohammad's family was invited to US demonstrating their beadmaking in special exhibition. Then they are familiar with archaeology. Sometime they manufacture excellent pieces inspired from archaeological material (photo#9). On this photo, Dr.Koiso enjoys pretending the King of Ur., with gold and lapis lazuri necklace (compare with (photo#10 from the British Museum collection, from the Royal Cemetery of Ur).

Every time in Peshawar, we have been invited dinner at their house with delightful Turkman dishes (photos#11-12).
Since 2007, we have no chance to meet them. I guess we can visit scenic historic city of Peshawar again.
by asiansophia | 2011-06-11 00:13 | アジア/ Asia

かえるとカレーライス

 近所の図書館で息子2がゲットしてきた絵本。
 長新太作、『かえるとカレーライス』。
 今まで読んだことなかったのですが、さすが長新太作品!! そう来るか?!という展開でした。
 息子2は、かえるが間違って山まで食べてしまうところから、「辛くて口がヒリヒリする」、そして最後の「カレカレカレー」までのクライマックスで、ケタケタお腹を抱えて笑ってます。

 でも...気に入ったのはいいけど、連続して10回とか読ませるのは勘弁してください...
by asiansophia | 2011-06-10 21:46 | 日々のできごと/ Daily life

予告編 ジョウモン・リージョナルv2

 おまけ、に続いてもう少し追加...
 多摩川と野川の間、現在の東京都府中市を中心にした辺りの縄文遺跡の分布と地形です。引き続き国土地理院の10mDEMにもとづいて、高さは10倍になってます。ちなみに、画面中央付近の崩れかけたコロッセオみたいな小山が我が社の所在地。
予告編 ジョウモン・リージョナルv2_a0186568_18131710.jpg
 左~下の府中崖線に沿って、遺跡・調査地点が密集しているのは、武蔵国府関連遺跡~飛田給遺跡です。国府関連遺跡については、まだ白糸台地区しか調査区を入れてませんが、この背後に、とんでもない量と範囲の調査区が広がっています。そして、何かしらの縄文遺構・遺物が検出されている地点が帯状に連なりますが、住居跡が検出されているのは限られた範囲のみであることがよく分かります。これが、従来「集落遺跡」として捉えられていたもの。というよりもむしろ、こうした集落遺跡の代表点が「縄文遺跡」の位置としてプロットされてきた、といえるでしょう。
 ところが見てのとおり、崖線沿いには、住居跡をともなわない活動痕跡が帯状に広がり、連なります。
 もっとも、このレベルではまだ「点」で調査地点を扱っているので、調査範囲の狭小なども考慮しないと活動痕跡の「密度」としては読み取れないですね。いちおうその辺りも、データを作成中です。
 また内陸側への活動痕跡分布は、清水ヶ丘地区と西府地区の間、古代だったら枢要の国府地区ではかなり内陸まで伸びているように見えますが、これもまた調査地点の密度、面積に規定されています。土器片1点でもプロットしているので、調査事例が増えると発見率が上がって地点数も増す傾向があります。この点も、調査区のデータを加えて処理します。
 もちろん、時期別に分解することも必要ですね。この段階では、おおむね中期中葉~後葉を中心としたものに、一部前期後葉や中期初頭~前葉が加わっていると理解しておいて下さい。あと、時期不明も... 住居跡が検出される「集落」間で、さらに遺構・遺物検出地点が少なくなる個所については、単純な調査密度の関連だけでなく、微地形要素との関係がみてとれます(下図は1mの等高線...粗い)。
予告編 ジョウモン・リージョナルv2_a0186568_18313522.jpg
 10mDEMの分解能および現代の土地改変の影響が厳しいところもありますが、微視的な集水域と関連づけられそうです。そしてそうした微地形は、ここ2万年ほどの間の地形発達史によって説明されます。
 先に2010年の日本考古学協会では、この範囲についてキロメートル単位での遺跡分布が10万年オーダーの地形発達史と結びついていることに触れる発表をしましたが、102m単位での遺跡・地点分布はもう少し短い周期の地形発達史に規定されるようですね。そしておそらく、古代には克服されてしまう...前者(10万年オーダーの地形発達史)の規定は江戸時代後半~現代になるまで克服されないのですが...
予告編 ジョウモン・リージョナルv2_a0186568_18341330.jpg
 この辺りは古代の大開発によって広い範囲が遺跡(周知の埋蔵文化財包蔵地)となり(認識され)、それをフォローする調査が重ねられています。そして古代の人びとの旺盛な開発意欲によって、異なる地形要素をまたがって遺跡が広がっているために、地形要素・単位間の遺構・遺物分布を検証する格好のフィールドとなっています。
 上図は武蔵国分寺跡そのその周辺の調査区、検出遺構(遺構種別はまだ分けてません)の時期別分布。まだ恋ヶ窪遺跡、府中病院の最新(にして最大)の調査区などが反映されていない作成途上のものですが、ここでは、上記の府中崖線沿いとはまた異なった立地・景観における縄文人の活動の空間構成を抽出することができそうです。
 さて、本編はいつごろ...それは訊かないお約束、ということで。そして引き続き、データ整備と作図に尽力されているKさん、Iさん、いつもご苦労さまです。

 今宵はここまでに致しとうございます(from 1988年流行語大賞)

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by asiansophia | 2011-06-10 18:39 | 野川・多摩川/RegionalStudy

ねないこだれだ: what is bogeyman for my sons?

 ひさびざ(3ヶ月ぶり)に、息子1~2と連続で発熱、ダウンです。夏風邪のようです。さすがに息子1は、中1日でほぼ完治なのですが、息子2は熱が上がったり下がったりでちょっとしんどそう。
 体力の差だけでなく...小さいほうは、ちょっとでも熱が下がると、もう遊びたい、外に出たいになってしまうのでぶり返し、なかなか完治しないのです。もう少しの辛抱だ、がんばれ!!
 そんな息子2ですが、最近、『ねないこだれだ』に夢中です。何と、内容を暗記してしまったので(親も)、絵本がなくても楽しめるという...
 そして、かつての息子1同様、ちっとも怖がりません。いちいち合いの手を入れてケタケタ笑っています。


 じゃあ、何なら怖がるかって言うと...息子1は、今でも「へびさん」を怖がるので、お風呂上りになかなかパンツをはかない時などは、しばしば「へびさん」にベランダで待機していてもらいます。
 もう一つ意外だったのが『ピーターラビットのおはなし』の「マクレガーさん」。なぜかとても怖かったらしく、しばらくの間は「マクレガーさんが来る」といわれると大人しくしなって言うことをきいてました。今では、もう通用しませんが...







 最後におまけ、大英博物館のミュージアムショップで購入したヒエログリフの『ピーターラビット』。「読んで」と言われるとすごく困る(いちおう、各ページに英語もついているのですがね...)。


Top right image is the front cover of the famous Japanese picture book "Nenaiko dareda (who doesn't sleep in night?)". Most Japanese children read this by all means once, of course me too.
It is very simple story...a child who doesn't sleep and even play in night should be caught and taken away by bogeyman. Both of my sons like this book very much. They remember all story and have fun with it...they don't feel any scare with it :-(
Instead, they frighten unexpected character. Especially Aki frighten Mr.McGregor in series of 'The Tale of Peter Rabbit'...I have no idea why so....
What was bogeyman for you in a bedside story with your parents?
by asiansophia | 2011-06-09 22:34 | 日々のできごと/ Daily life

予告編 ジョウモン・リージョナル(おまけ)

予告編 ジョウモン・リージョナル(おまけ)_a0186568_2361027.jpg 一昨日の記事を投稿した後、もう少しだけ頭の中を整理してみました。今後の展開1)のつづきです。
 縄文時代の集落、そしてそれを取り巻く領域(生活範囲)については、歴史的・民俗学的な村落景観についての同心円状のモデルが適用される場合が多いかと思われます。居住の場を中核として、日常的な生産活動の場(農地)から中間的な空間(サトヤマ)~非日常的な空間(オクヤマ)へ、という図式ですね。もちろんこれは、概念的なモデルです。あるいは経済学的な観点からは、移動コストと開発可能資源の関係からみたキャッチメントという概念もあるかと思います。
 これに対して、今回、われわれが遺跡分布を微視的に検討(微分)した結果見えてきたものは...崖線という地形に強く規制された、特徴的な生活空間配置の実態といえるのではないかと考えます。
 遺構単位の分布の中に見出される住居跡の分布の集中単位を核として、集石や土坑、土器集中などの分布が示す活動の強度の高い空間が崖線に沿って帯状に配置されます。まだ図示できませんが、どうも崖線の中の微地形要素によって、そうした帯状の配置の中でも遺構分布=活動強度の差異が生じるようで、これにより崖線沿いの分布の中で、「遺跡」の範囲を区切ることができそうです。
 一方で、崖線に直交する方向では、わずか200~400メートルほどで急激に活動痕跡が残されなくなります。連続的な変化というよりも、一定の距離を「しきい値」として、「活動痕跡を多く残す」/「ほとんど残さない」の二値に二分できるような様相を示すわけです。
 この状況を、先の同心円状のモデルと比較すると、崖線等という地形の著しい影響(効果)により、限りなく二次元に近く引き伸ばされている状態にあると言えるのではないでしょうか?
 どういうことかと言うと...崖線に並行する方向では、中核~周辺という連続的な推移が見えます。一定の尺度で、それをゾーニングすることも可能でしょう。しかし直交する方向では、そうした連続的な推移ではなく、急激な変化ないし断絶しか捉えられないわけです。
 「遺構および遺物分布を残す活動」の分布は、崖線地形に強く規制されていると言えそうです。
 そんなことは、前から言われていたじゃないか、という声も聞こえてきそうですが...ここで取り上げるのは「集落」の分布ではないですから。
 住居跡が集中する「集落」だけでなく、考古学的に捉えうる活動痕跡のほとんどの部分が崖線沿いに集中しているのです。そしてそのことを、感覚的にではなく空間分析として手順を踏んで提示することができるのです。
 どうでしょうか?
by asiansophia | 2011-06-07 22:41 | 野川・多摩川/RegionalStudy