人気ブログランキング |


S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

カテゴリ

PJAM2012
3.11 Earthquake
Archaeology(English)
India2011
日々のできごと/ Daily life
アジア/ Asia
おでかけ/ Japan
南アジア考古学/SA Arch.
野川・多摩川/RegionalStudy
旧石器考古学/Palaeolithic
砂川・武蔵野台地北部
考古学(ジオ)
考古学(いろいろ)
雑記

最新の記事

ブログ移転のご案内
at 2012-08-15 01:41
PJAM2012#19 ハイ..
at 2012-04-07 20:00
PJAM2012#18 ヴィ..
at 2012-04-06 20:00
PJAM2012#17 砂漠..
at 2012-04-05 20:00
PJAM2012#16 フェ..
at 2012-04-04 20:00

最新のトラックバック

石器文化研究会 シンポジウム
from 黒く光る石と黒く動く虫

以前の記事

2012年 08月
2012年 04月
2012年 03月
more...

ライフログ



Ninja analyse

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

2011年 04月 04日 ( 1 )

インドのアシューレアン石器群は150万年前まで遡るか: The earliest Indian Acheulian dated 1.5Ma


 インドから、もう一つのニュース。こちらは1週間遅れです...
 3/25号のScience誌に、Early Pleistocene Presence of Acheulian Hominins in South India(南インドのアシューレアン人類は前期更新世にすでに存在していた)というreportが掲載されました。
 筆頭著者は、チェンナイにあるSharma Centre for Heritage EducationのDr.Shanti Pappuです。チェンナイの北西に位置するアッティランパッカム(Attirampakkam)遺跡のハンドアックス、クリーヴァーからなるアシューレアン石器群について、出土層準の古地磁気層序年代と出土石器の26Al/10Be法による埋没年代推定の結果にもとづき、1.51±0.07Maという年代が報告されています。詳細は、レポートを見ていただくとして、重要なのは、インド(さらには南アジア全体)の前期旧石器時代遺跡について、初めて複数の手法により検証された年代が与えられたこと、そしてそれが大方の予想を大きく上回る古さだったこと、の2点にあるかと思われます。
 従来の、インド前期旧石器時代遺跡の数値年代については、たとえばDr.Sheila Mishra(デカン大で大変お世話になりました)が、Current Anthropology(vol.33,1992)*に集成した当時では69ka~>390kaと、アフリカや西アジアよりもかなり新しいものでした。それらを遡る年代としては、パキスタンのDinaとJalipurの断面採集資料の地磁気層序年代にもとづく0.7Ma*2、そしてインドBoriにおける0.67Ma*3が報告されていました。しかし前者はわずかな資料であり、後者については根拠となった石器出土層準下位のテフラの年代・評価について、K-Ar法およびウラン・シリーズ法により1.4Ma*439Ar/40Ar法では0.67Ma、さらにその後テフラの全化学組成により74kaのYTT(ヤンガー・トバ・テフラ)に同定される*5など、見解が分かれていました。このため、インド・南アジアでは、アシューレアン石器群の出現期の年代をめぐって、いわば「短期編年」と「長期編年」という異なる見解の間の議論が続いてきたのです。その後、2002年には、デカン大のDr.K.Paddayyaらが調査したイサンプール(Isampur)遺跡の出土石器のESR年代測定により1.2Maという数値年代が示されましたが*6The Palaeolithic Settlement of Asia をまとめたDennellをはじめ、否定的な見解も示されてきました*7
 今回のDr.Pappuらのレポートでは、こうした問題を乗り越えるために、層序コンテクストの確実な(9mもの堆積層の中に遺物包含層がある)遺跡で、複数の年代測定(推定)法を用いるというアプローチを採用しています。その結果は、古地磁気層序年代について1.07~1.77Ma(マツヤマ逆磁極期中の、ハラミヨ事変とオルドゥヴァイ事変の間)と、クォーツザイト製石器6点の埋没推定年代について1.17~2.47Maというものでした。そしてそれらを総合して、1.51±0.07Maという年代が報告されたのです。(左の発掘風景写真はコルカタTelegraph紙3/25付Web版より)。
 もう一つ重要なのは、報告されている石器群が、ハンドアックスとクリーヴァーからなる、典型的な前期アシューレアン石器群であること(写真右:出典同上)。アフリカや西アジアで報告されている石器群と共通する特徴を示しています。これについて、前著ではIsampurの1.2Maという年代を退けたDennellも、今回の結果を受けて、アフリカ・西アジアから早期に南アジアへアシューレアンが進出していた、と図式を描きなおしています(Science同号の展望)。
 先にみた南アジア・アシューレアン石器群をめぐる短期・長期編年と関連して、パキスタンのRiwat(~2Ma)やPaabi Hillの石器群(2.2~0.9Ma)にもとづいて、南アジアにオルドワン石器群に共通(ないし類似)したモード1石器群(剥片と石核)が先行したとの見解があります*8
 一方で、Dr.Mishraらは、インド北部における調査事例などにもとづいて、南アジア前期旧石器時代はその開始期からアシューレアン石器群であったとする見解を示しています*9。今回の報告は、このあたりの議論にも、とてつもなく大きな一石を投じることになりそうです。
 人類が、その揺籃の地、アフリカから外の世界へと第一歩を踏み出したのはいつのことなのか、そしてどのような人びとが、最初の開拓者だったのか、考古学・古人類学におけるもっともホットな話題に、南アジアから新たな知見が加えられたのです。

(余談)
 ここで報告されているアッティランパッカム遺跡は、日本における南アジア考古学研究者、とくに一定以上の世代の方々には、実はよく知られた遺跡です。本遺跡は、南アジア先史考古学の創始者とも言えるR.B.Footeにより19世紀末に発見されて以来の、いわゆる「マドラス文化」の示標遺跡です*10。そしてその名に惹かれて、1960年代前半にカルカッタ(現コルカタ)に滞在していた故・丸山次雄氏も遺跡を訪れ、多くの石器を採集し日本に持ち帰っていたのです。それらは、南アジアの「生」の資料に触れられる格好の材料として、かつて、そして現在でも重要なコレクションです。「丸山コレクション」は、現在、東海大学文学部に収蔵保管されています*11

遺跡の位置はこちら

(文献) ※*11に誤りがありましたので追加・修正します(110405)
* Mishra(1992) The age of the Acheulian in India: new evidence. Current Anthropology,vol.33:325-328
*2 Rendell&Dennell(1985) Dated Lower Palaeolithic artefacts from northern Pakistan. Current Anthropology,vol.26:393
*3 Mishra et al.(1995) Earliest Acheulian industry from Peninsular India. Current Anthropology,vol.36:847-851 
*4 Korisettar et al.(1988) Age of the Bori volcanic ash and Lower Palaeolithic culture of the Kukdi Valley, Maharashutra. Bulletin of the Deccan College Post Graduate and Research Institute,vol.48:135-138
*5 Acharyya & Basu(1993) Toba ash on the Indian subcontinent and its implications for correlation of Late Pleistocene alluvium. Quaternary Research, vol.40:10-19
Westgate et al.(1997) All Toba tephra occurrences across Peninsular India belong the 75,000yr BP. Quaternary Research, vol.50:107-112
Jones(2007) The Toba supervolvanic eruption: tephra-fall deposits in India and paleoanthropological implications. In M.D.Petraglia & B.Allchin eds.The Evolution and History of Human Populations in South Asia:173-200
*6 Paddayya et al.(2002) Recent findings on the Acheulian of the Hunsgi and Baichbal valleys, Karnataka, with special reference to the Isampur excavation and its dating. Current Science, vol.83:641-657
*7 Dennell(2009) The Palaeolithic Settlement of Asia.
*8 Dennell(2004)Early Hominin Landscapes in Northern Pakistan. BAR International Series 1265
Dennell(2007) "Resource-rich, stone-poor". In M.D.Petraglia & B.Allchin eds., The Evolution and History of Human Populations in South Asia.:41-68
Chauhan(2010) The Indian Subcontinent and 'Out of Africa I'. In Fleagle et al.eds. Out of Africa I: the first hominin colonization of Eurasia.:145-164
*9 Gaillard et al.(2010) Lower and Early Middle Pleistocene Acheulian in the Indian sub-continent. Quaternary International, vol.223-224: 234-241
*10 Pappu(2007) Changing trends in the study of a Paleolithic site in India: a century of research at Attirampakkam. In M.D.Petraglia & B.Allchin eds. The Evolution and History of Human Populations in South Asia.:121-136
*11 河野眞知郎(1977)「アッティランパッカム遺跡の旧石器」『インド考古研究』第5号
遠藤仁(2001)「南アジア前期・中期旧石器時代の石器研究I」『丸山次雄コレクション覚書』第4号

by asiansophia | 2011-04-04 00:01 | 南アジア考古学/SA Arch.