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ジョウモン・リージョナル 飛田給遺跡の微視的構成

 2ヶ月ほど前の関連記事(123)の続きです。
 引き続き、調布市飛田給遺跡を参考事例にして、ジョウモン遺跡の構成と、さまざまな地理情報との重ね合わせを検討します。
 東京西郊のこの地域をフィールドとするメリットは、まず調査件数の多さにあります。個々の調査自体は小規模なものが多いのですが、登録されている周知の遺跡の中の広い範囲にわたって調査が行なわれており、遺跡の構成を知ることができるのです。
 また”現在”の地形図から、明治時代前期の迅速測図、江戸時代後期の地誌(『新編武蔵風土記稿』ほか)や絵図などの歴史資料がそろっていることもメリットのひとつです。ここから、土地利用や景観についてアプローチすることが可能です。
 市街地化しているために地形の改変が進んでいるということもありますが、一方で、山林や畑地よりも踏査が容易なこともあります。見通しが利き、高低差を把握するための基準(建物や電柱など)が多数あるために、微妙な地形の起伏を読み取り記録するのが容易なのです。改変の度合いも、たとえば雍壁の構造や規模であるとか、一軒単位の造成なのか大区画の切り盛りなのか、といった視点から推測することが可能です。1/2,500縮尺の地図上に踏査の結果を書き込み、さらに発掘調査を通じて得られる過去の地形に関する情報をマッピングしていくと、見えてくるものがあるのです。が、その詳細はまた後ほど…
 本日は、さまざまな地理情報との重ね合わせを中心に紹介します。

ジョウモン・リージョナル 飛田給遺跡の微視的構成_a0186568_2126883.jpg

 まずは、もっとも一般的な1:25 000地形図に、既往調査区と検出遺構の位置をプロットします(遺跡に関する情報ソースは、発掘調査報告書と調布市埋蔵文化財年報です)。このスケールの作業のためには、1:25 000地形図では縮尺が小さすぎですね。
ジョウモン・リージョナル 飛田給遺跡の微視的構成_a0186568_21254929.jpg

 そこでより大縮尺の1:2 500地図に重ね合わせてみましょう。調査区と街区の位置関係が明瞭に捉えられます。各調査区の位置や形状は、現状ではこのスケールで管理しています。また細かな道路や建物の位置が分かるので、市街地の踏査には大変役立ちます。なお、これを見ると中央下よりを西北西~東南東に横切る都市計画道の調査区と、その北側の京王線の線路沿いの調査区の間の調査事例がほとんどありませんが、実は、立会調査が多数行なわれています。なかなか報告書にはあらわれないそうした情報についても、調布市教育委員会のご協力で記録を参照させていただいて、より詳細なデータを整備中です。
ジョウモン・リージョナル 飛田給遺跡の微視的構成_a0186568_2138551.jpg

 大縮尺地図上で位置を合わせて整備した、調査区と遺構位置のデータを、10mメッシュDEMデータによる等高線図と段彩図の上に重ね合わせます。残念ながらこのデータでは、微地形要素と遺構分布の関連を捉えることができません。しかし現地を踏査すると、崖線の上の一見平坦に見える台地上に微細な地形を区別することが可能です。発掘調査で得られるローム層の層厚と層序、礫層上面の高度分布などから、微細な地形面として区分することができそうです。
ジョウモン・リージョナル 飛田給遺跡の微視的構成_a0186568_21393214.jpg

 市街地化が進む以前の旧地形を検討する際に参考になるのが、明治十年代に作成されたいわゆる「迅速図」です。ただし厳密な重ね合わせはできないので、迅速図の図幅相互の重なりと、古くからあるランドマークの位置関係をみながら微調整します。崖線をはさんだ台地と低地における土地利用の差を見ることができますね。また崖下の水路の状況も伺えます。これらの水路は、『新編武蔵風土記稿』にも記載があり、また絵図にも見えます。崖下の湧水と、多摩川から引かれた用水とが渾然一体となったものだったようです。
ジョウモン・リージョナル 飛田給遺跡の微視的構成_a0186568_2141880.jpg

 ところで、迅速図から読み取れる水路の位置や形状は、現在も残る、または最近まで残されていた水路(府中市、調布市の資料にもとづき作図)と異なる箇所が多々あります。両者を重ね合わせると、結構ずれていますね。
ジョウモン・リージョナル 飛田給遺跡の微視的構成_a0186568_21401190.jpg

 理由はかなり明白。迅速図の水路をあらためて現状の街区と重ね合わせると、道路や建物を縦横無尽に横断している箇所がいくつもあります。一方で図示していませんが、現存する水路、あるいは最近の記録に残る水路は、おおむね現在の街区に沿って配置されています。明治前半以降、農地の改良や宅地化にともなって水路の位置が移動されたり付け替えられたりしていることを示しています。このあたりは、現地の踏査からだけでは見えてこない部分でもあります。
 
 それはともかく、遺構分布については調査されている範囲だけでも明らかな粗密があり、いくつかのクラスターを設定することが可能です。このうち竪穴住居と埋甕は土器型式にもとづく編年学上の時間軸を与えることが可能(さらに今日では数値年代との対比モデルも示されていますし)なので、縄文時代の中でもさらに時期を絞って、遺跡の広がりと構成、微細な立地条件を議論するための材料が整います。
 そしてここに示したように、さまざまな地理情報および歴史地理情報との重ね合わせの準備も整いました。
 さて、これから分析スタートですよ。そしてその結果は,,,もう少し作業が進んだら、公開しますね。
by asiansophia | 2011-08-03 22:03 | 野川・多摩川/RegionalStudy