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予告編 ジョウモン・リージョナルv2

 おまけ、に続いてもう少し追加...
 多摩川と野川の間、現在の東京都府中市を中心にした辺りの縄文遺跡の分布と地形です。引き続き国土地理院の10mDEMにもとづいて、高さは10倍になってます。ちなみに、画面中央付近の崩れかけたコロッセオみたいな小山が我が社の所在地。
予告編 ジョウモン・リージョナルv2_a0186568_18131710.jpg
 左~下の府中崖線に沿って、遺跡・調査地点が密集しているのは、武蔵国府関連遺跡~飛田給遺跡です。国府関連遺跡については、まだ白糸台地区しか調査区を入れてませんが、この背後に、とんでもない量と範囲の調査区が広がっています。そして、何かしらの縄文遺構・遺物が検出されている地点が帯状に連なりますが、住居跡が検出されているのは限られた範囲のみであることがよく分かります。これが、従来「集落遺跡」として捉えられていたもの。というよりもむしろ、こうした集落遺跡の代表点が「縄文遺跡」の位置としてプロットされてきた、といえるでしょう。
 ところが見てのとおり、崖線沿いには、住居跡をともなわない活動痕跡が帯状に広がり、連なります。
 もっとも、このレベルではまだ「点」で調査地点を扱っているので、調査範囲の狭小なども考慮しないと活動痕跡の「密度」としては読み取れないですね。いちおうその辺りも、データを作成中です。
 また内陸側への活動痕跡分布は、清水ヶ丘地区と西府地区の間、古代だったら枢要の国府地区ではかなり内陸まで伸びているように見えますが、これもまた調査地点の密度、面積に規定されています。土器片1点でもプロットしているので、調査事例が増えると発見率が上がって地点数も増す傾向があります。この点も、調査区のデータを加えて処理します。
 もちろん、時期別に分解することも必要ですね。この段階では、おおむね中期中葉~後葉を中心としたものに、一部前期後葉や中期初頭~前葉が加わっていると理解しておいて下さい。あと、時期不明も... 住居跡が検出される「集落」間で、さらに遺構・遺物検出地点が少なくなる個所については、単純な調査密度の関連だけでなく、微地形要素との関係がみてとれます(下図は1mの等高線...粗い)。
予告編 ジョウモン・リージョナルv2_a0186568_18313522.jpg
 10mDEMの分解能および現代の土地改変の影響が厳しいところもありますが、微視的な集水域と関連づけられそうです。そしてそうした微地形は、ここ2万年ほどの間の地形発達史によって説明されます。
 先に2010年の日本考古学協会では、この範囲についてキロメートル単位での遺跡分布が10万年オーダーの地形発達史と結びついていることに触れる発表をしましたが、102m単位での遺跡・地点分布はもう少し短い周期の地形発達史に規定されるようですね。そしておそらく、古代には克服されてしまう...前者(10万年オーダーの地形発達史)の規定は江戸時代後半~現代になるまで克服されないのですが...
予告編 ジョウモン・リージョナルv2_a0186568_18341330.jpg
 この辺りは古代の大開発によって広い範囲が遺跡(周知の埋蔵文化財包蔵地)となり(認識され)、それをフォローする調査が重ねられています。そして古代の人びとの旺盛な開発意欲によって、異なる地形要素をまたがって遺跡が広がっているために、地形要素・単位間の遺構・遺物分布を検証する格好のフィールドとなっています。
 上図は武蔵国分寺跡そのその周辺の調査区、検出遺構(遺構種別はまだ分けてません)の時期別分布。まだ恋ヶ窪遺跡、府中病院の最新(にして最大)の調査区などが反映されていない作成途上のものですが、ここでは、上記の府中崖線沿いとはまた異なった立地・景観における縄文人の活動の空間構成を抽出することができそうです。
 さて、本編はいつごろ...それは訊かないお約束、ということで。そして引き続き、データ整備と作図に尽力されているKさん、Iさん、いつもご苦労さまです。

 今宵はここまでに致しとうございます(from 1988年流行語大賞)

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by asiansophia | 2011-06-10 18:39 | 野川・多摩川/RegionalStudy