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インド滞在記2011 帰還

 このたびの東日本大震災と、その後の福島第一原発事故で被害に遭われたすべての方に、心からお見舞い申し上げます。
 私自身は、第一報をインド、ニュー・デリーで耳にしました。プネーから空路で移動し、ニュー・デリーYMCAにチェックインしようとしていた時です。現地時間で16:30頃でしたから、地震発生から5時間後のことです。正直、最初に目にした映像では、どこで何が起こっているのかまったく理解できず、ぼんやりとしたままとりあえず部屋に荷物を入れただけ、という状況でした。
 ホテルのフロントで、「お前の国が大変なことになっている」と言われて見たのは、CNNかBBCか、それともインドの英語放送だったのでしょうか? とにかく、フロント・クラークが気を利かせて英語放送に切り替えてくれたのです。
 しかしBreaking Newsは、とにかくとんでもない災厄が日本を襲っている、仙台の被害がひどいらしい、東京でも被害が出ている...という漠然とした情報を、津波の映像とともにくり返すだけでした。映像は早くから日本発のものが流れていたようですが、リポートは、ハワイから、とかロシア極東から、と言った具合で、そもそも本当に日本でのできごとなのか? そうだとしたら、いったい、いつ、どこで、何が起こっているのか? それがまったく分からない状況だったのです。




 人間心理には、理解しがたい状況に遭遇すると、見なかったことにしたり、冗談として済まそうとする、という傾向があるようです。実は、3/9の宮城県沖の地震についてもCNNなどで取り上げられていたのですが、同行していた宮城県人Kさんの「宮城では震度4なんて地震のうちに入りません」という発言を受けて、地震の少ない国の人たちは必要以上に騒ぐよなぁ、などと能天気かつ不謹慎な会話をしていました。だから3/11も、最初は本当に大げさに騒いでいるだけじゃないか、と思ったりしたのです。しかし...
 部屋に荷物を置いて、とりあえず日本に連絡を、ということでもう一度フロントに戻った頃には、CNN、BBCの情報も増えていました。NHKなどの映像が未加工・未編集のままくり返し流されていたので、気仙沼、仙台、名取といった地名をテロップから読み取ることもできました。ここでようやく、三陸~仙台~福島北部にかけて大規模な津波に襲われたということ、仙台空港も大きな被害を受けているということが分かったのです。3/9の地震は予兆で、これが本震なのだろう、ということも。
 ところが同時に、東京も津波の被害を受けている、建物の倒壊や火事が起こっている、ということもくり返し言っています。当然、東京のどの辺りなのか、どのくらいの被害規模なのかといったことはまったく分かりません。ただ、市原の製油所火災の映像は、この時点ですでにくり返し流されはじめてました。
 ここでまた、頭の中は大混乱です。
 おそらく、宮城県沖地震なのです。でも、だとしたら、東京湾までそんな大規模な津波が押し寄せたり、東京で建物が崩壊するようなことはあり得ないはずです。
 だとすると、かねてから可能性が言われていた連動型なのか? だとしたらどこまで? 日本海溝沿いの連動地震で東京湾まで津波がくるようなスケールのものが?...そうこうしている間にも、CNNでは仙台市が壊滅的なダメージと伝えはじめています。でも、壊滅的というのがどの規模なのか...
 とにかく、日本と連絡を取らないと...唯一Kさんが持っている携帯は、まったくつながりません。不安と焦燥だけが募る中、国際通話を頼むとフロントからはすげなく「国際通話用のプリペイドカードが、今ない」「明日にならないと入らない」...これは押し問答をしても仕方ない状況です。
 そこでKさんと2人、急ぎ、国際電話とネットが可能な場所へ向かうことにしました。Gole Marketにある紅茶屋さんPremier's Foods&Bevaragesです。今回、ManagerのMr.Ashok JainさんとMs.Ritu Maheshwariさんには、どんなに感謝しても足りないくらいお世話になりました。
 Premier'sはYMCAから歩いて20分くらいでしょうか。道中、Kさんはずっと携帯をかけ続けています。当然です。彼の実家は石巻のすぐ北で、ご家族には石巻で勤めてる方もいるとのこと。いったい、どれだけの被害が出ているのか皆目見当がつかないのですから。
 金曜日の夕刻、帰宅ラッシュ時間ということもあったのでしょうが、オートリキシャーのしつこい呼び止めもほとんどなかったのは、もしかしたら相当険しい、切羽詰った表情で歩いていたのかもしれません。
 そしてとにかく、現地時間で17:00過ぎにはAshokさんたちのお店にたどり着きました。日本語がペラペラのAshokさんは、もちろん事態を知っていました。とりあえず、仙台にいる彼の友人とは連絡がつき無事とのこと。また東京のお店とも連絡がついており、こちらはそれほどの被害ではないということでした。その後もくり返し言われていて、本当なのかどうか定かではないのですが、どうも国際通話の方が、国内よりも通じるらしい...
 Ashokさんのところでは、ネットの回線も容量十分だったのでTBSのストリーミングを観ることができました。日本のニュースをリアルタイムで観れたことは、どれだけ心強かったか。ここでようやく、地震と津波被害の全貌が見えてきました。この点で、私たちは幸運だったと思います。プネーやチャンディガールだったら...
 何とか連絡がつかないかと、携帯メールへメッセージ、そしてAshokさんの電話も借りて何度もかけなおしましたが、いっこうに連絡はつきません。その間、18:00ころ、ようやくKさんが自身の携帯で家族と連絡が取れました。とりあえず無事で避難しているとのこと。ただ、石巻に勤めている妹さんとは連絡が取れない様子です。一方、こちらは...ネット上でもYahoo!Japanなどでいろいろ情報が上がりはじめたのを見ていると、どうやら都内は湾岸部で若干の被害が出ているものの、基本的には無事な様子だということが分かりました。ただ、とにかく、交通と通信がズタズタになっているとのことです。
 そうなると心配なのは...保育所にいる息子×2です。私がふつうに仕事に行っている日ならば、最悪でも1時間弱で2人とも回収できるのですが、インドからではなす術もありません...たぶん大丈夫なのだろうと思うのですが、最初のCNN、BBCから受けた衝撃が大きく、もしかしたら、という気持ちを払拭できず不安だけが募ります。
 とは言え、いつまでもAshokさんのところにいる訳にはいかないので、19:00頃にはYMCAへ戻ることにしました。
 そしてその道中で、ようやく、Kさんの携帯を通じて、わが奥さんと連絡を取ることができたのです!! 幸い、保育所からの連絡もすでに入っていて、保育士さんがついていてくれるとのこと。すでに日本時間では22:30過ぎ、地震発生から8時間近くが経っていますが、それでもとにかく無事が確認できたのは何よりでした。
 しかし、奥さんが保育所まで2人を迎えに行くことができたのは、結局、日本時間で翌3/12になってからでした...仕事の都合で大田区にいた彼女は、鉄道がすべて不通になった時に、とっさの機転でレンタカーをゲットして、できるだけ早く帰宅するべく努力していたのです。それでも、停電ですべての交通信号が消えている状態で20キロ弱を移動するのに8時間近くかかり、そこから最後の10キロがどうしても動かないので大きく迂回して、何とか10時間以上かけて帰り着いたとのこと。
 本当に、彼女の機転と行動力がなければどうなっていたことやら...感謝に堪えません。
 こうしてようやく、インド時間で23:00過ぎ、日本時間で3/12の2:30頃、電話で全員の無事と帰宅を確認することができました。
 その間も、インドで知り合ったばかりのみなさんから、安否の確認の電話がKさんの携帯にかかってきました。とくにチャンディガールで、遺跡巡検と資料見学にお世話になったDr.Mukesh Singhは、まるで我がことのように取り乱した口調で電話をいただきました。顕著な活断層地帯であるチャンディガール周辺を一緒に巡りながら、活断層と地震、地すべり被害のことなどを話したばかりだったので、余計に心配されたのかもしれません。メールでの安否確認も、あちこちから入りました。本当に、みなさんのお心遣いには、言葉もありません。
 こうして、デリーでの地震発生の最初の日は過ぎていきました。
 しかしまだ、帰国できるかどうか、それが次の課題として残っていたのです。

インド滞在記2011 帰還_a0186568_06439.jpgインド滞在記2011 帰還_a0186568_063899.jpg











Premier's Foods & Bevarages, 16/7, Doctor's Lane, Gole Market, New Delhi
by asiansophia | 2011-03-20 18:03 | 3.11 Earthquake