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南アジア先史・原史考古学への道:ペシャワール編(その5) 文化財・文化遺産は誰のため? 何のため?

南アジア先史・原史考古学への道:ペシャワール編(その5) 文化財・文化遺産は誰のため? 何のため?_a0186568_1214719.jpg センター試験真っ最中です。ほぼ毎年、寒波襲来ですね。分かっているのだから日程をずらせばいいのに...と思うのは大きなお世話でしょうか? 東京は幸い雪は降っていませんが、寒い風が吹きすさんでいます。さてこのシリーズ、そろそろ石器研究の成果をまとめないといけないのですが、その前に、またもや寄り道。先に、考古学の意義・役割についてちょっと偉そうなことを書いたので、そのフォローというか、なぜパキスタンでそんなことを考えたのかということを補足します。
 




南アジア先史・原史考古学への道:ペシャワール編(その5) 文化財・文化遺産は誰のため? 何のため?_a0186568_11475855.jpg さて最初の写真は、ペシャワール博物館内で出会ったパシュトゥンの親子。以下は、館内の展示の様子です。
 ペシャワールを含むカイバル・パクトゥンクワ州北部一帯は、かつてのガンダーラです。仏教遺跡が多く残り、博物館には仏教美術の優品が多数展示されています。 一方で、南アジア先史・原史考古学への道:ペシャワール編(その5) 文化財・文化遺産は誰のため? 何のため?_a0186568_12174541.jpg現在のカイバル・パクトゥンクワ州のマジョリティは、厳格なイスラム教徒でもあるパシュトゥン。よく知られているとおり、タリバンはパシ南アジア先史・原史考古学への道:ペシャワール編(その5) 文化財・文化遺産は誰のため? 何のため?_a0186568_12173561.jpgュトゥンの中の宗教運動を母体として生まれ、ついにはアフガニスタン・バーミヤンで大仏像の爆破を引き起こしました。ことの経緯はさまざまにまとめられていますし(たとえば『大仏破壊―ビンラディン、9・11へのプレリュード』 (文春文庫))、欧米側からの一方的な「愚行・蛮行」という文明間対立論への異議(モフセン・マフマルバフ『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』)も邦文で読むことができますので、ここでは触れません。またその後も2007年に、今度はパキスタン国内、カイバル・パクトゥンクワ州北部のスワート地方(まさしくガンダーラの中心地のひとつ!)で、ローカル・タリバンと称されることもある民兵が政府軍と交戦、一帯を一時的に支配下に治めたときに仏教遺跡を破壊すると宣言して、実際に一部が破壊されたそうです。
 こうした出来事は、往々にして、民族・宗教・文明の対立という構図で説明され、イスラームの他宗教への不寛容さ、あるいはパシュトゥンの原理主義的、好戦的な民族性が断じられることも少なくなかったと思われます。しかし私には、こうした判で押したようなステレオタイプな言説が、悲劇の再生産を加速していると思えるのです。南アジア先史・原史考古学への道:ペシャワール編(その5) 文化財・文化遺産は誰のため? 何のため?_a0186568_1233443.jpg
 先に紹介したペシャワール大学のスタッフは、パシュトゥンでモスレムですが、ガンダーラ仏教美術の専門家です。博物館を運営し、あるいは世界遺産にも指定されている遺跡を修復、維持しているのもパシュトゥンの研究者、スタッフです。そして何よりも、ペシャワール博物館や、修復され公開されている仏教遺跡に、日々、多数の地元の人たちが訪れているという事実が重要です(右の写真は、ペシャワール郊外のタフティ・バーイ(Takht-i-bai)遺跡です)。
 多くのパシュトゥンはモスレムですが、仏教遺跡や仏像を忌避したりすることはありません。自分たちの文化伝統や宗教とは別のものであるが、この地の歴史のひとつとして受け入れています。また、その修復や保護に努めている専門家もいるわけです。こうした博物館や遺跡に日常的に接していれば、文化や歴史の多様性
や「他者の存在」への寛容さも培われることでしょう。その延長上には、文化財や文化遺産を尊重する姿勢が生じることと思われます。
 現在の、自分たちを中心とした、ただ一つの生活や文化、風習や宗教...を「唯一の価値」とする姿勢、あるいはそれへの反発こそが、バーミヤンやスワートで起きたことの根底にあるのではないでしょうか。あるいは、知識や教養、そしてお金と時間のある先進諸国の人びとだけが共有できる、「高価な」「観光資源」としての文化財や文化遺産への反発も同根だと思います。
 広くアクセスでき、さまざまな違いを越えて共有できてはじめて「人類共通の財産」になりえるのでしょう。

 さて、ご高説ごもっとも、では何をするのか、ということが肝要です。いろいろと試行錯誤なのですが、道はまだまだ遠く長いです。でも、この思いは忘れるべからず。深く心に刻んでおきたいと思います。
by asiansophia | 2011-01-16 12:51 | 南アジア考古学/SA Arch.