人気ブログランキング |


S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カテゴリ

PJAM2012
3.11 Earthquake
Archaeology(English)
India2011
日々のできごと/ Daily life
アジア/ Asia
おでかけ/ Japan
南アジア考古学/SA Arch.
野川・多摩川/RegionalStudy
旧石器考古学/Palaeolithic
砂川・武蔵野台地北部
考古学(ジオ)
考古学(いろいろ)
雑記

最新の記事

ブログ移転のご案内
at 2012-08-15 01:41
PJAM2012#19 ハイ..
at 2012-04-07 20:00
PJAM2012#18 ヴィ..
at 2012-04-06 20:00
PJAM2012#17 砂漠..
at 2012-04-05 20:00
PJAM2012#16 フェ..
at 2012-04-04 20:00

最新のトラックバック

石器文化研究会 シンポジウム
from 黒く光る石と黒く動く虫

以前の記事

2012年 08月
2012年 04月
2012年 03月
more...

ライフログ



Ninja analyse

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

茂呂遺跡におけるKnife blade発見の意義

 茂呂遺跡で出土した黒曜石製の石器について、杉原荘介、芹沢長介らは、Backed bladeとしてのナイフ・ブレード:Knife bladeと捉えました。石刃または縦長の剥片を素材とし、鋭い縁辺を刃として残し、刃潰し加工により整形した石器、としの認識です。
 この石器の発見・認識または設定には、岩宿発掘に次ぐ、日本旧石器時代研究史上の重要な意義がありました。
 一つは、ローム層中の“石器文化”に、岩宿で発見されたもののほかにもヴァリエーションがあることの認識。杉原らは、これをただちに時間軸上に配列して「文化段階」編年を構築します。そして同時に、研究先進地ヨーロッパとの対比を行ないました。当時すでに、ヨーロッパではド・モルティエによるアシューレアン、ムステリアン、ソリュートレアン、マグダレニアンというタイプ・ツールの変遷・編年が確立し、1912年までには「オーリナシアン論争」も決着、ムステリアンとソリュートレアンの間に位置づけられることが受け入れられていました。こうした研究状況は、先にみたとおり昭和初期に、すでに大山柏によって紹介されていました。また岩宿発掘当時、宿舎で熟読していたとされるバーキットのOld Stone Ageも初版が1933年に刊行されています。岩宿発見以前から、すでに広く知られていたことでしょう。
 そして茂呂の石器をKnife bladeと位置づけることは、新たに発見された「縄文以前の石器文化」を、特異な一事例ではなく、世界的に共通する文化変化・発展段階の中に位置づけられるものと評価するための研究戦略だったと言えるのです。
by asiansophia | 2011-01-15 09:38 | 旧石器考古学/Palaeolithic