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南アジア先史・原史考古学への道:先取り編「平原と丘陵の対立」
ナイフ・シンポ予稿集、ほぼ終わりましたよ。明日、ほぼ入稿です。
さてシンポ予告編の続きを書こうと思っていたのですが、遠くインド・プネーから刺激的な記事が届いたのでちょっと脱線。
右は、World Wind:NASAが作った究極の衛星地球儀ソフト
で取得作成した、パキスタン主要部の衛星画像です。中央上のオレンジ破線サークルが、RHDの所在するゴーマル平原およびバンヌー盆地。インダス右岸に沿ったスレイマン山脈の山裾の扇状地帯です。左下の同じくオレンジは、メヘルガル遺跡のあるカッチー平原。濃紅がバローチースターン丘陵。緑がモヘンジョ・ダーロのあるシンド北部、水色がハラッパーのあるパンジャーブ西部、どちらも平原部ですが、前者は曲流平野、後者は段丘地形です。
インダス文明以前、主要な遺跡が展開するのはおもにオレンジ~濃紅の地域。一方、2大都市をはじめ文明期前半の中心は、もちろん水色~緑の平原部です。
この画像でもはっきり分かるとおり、基本的には乾燥地域の中を、ヒマラヤ(左上側)を水源とするインダス川の流域にだけ緑の帯が伸びています。今日のパキスタンにおいても、重要な穀倉地帯です。




で、こちらの写真は2007年3月に、カラチからサッカルへ飛んだときの機窓からの風景。左が、インダス右岸の丘陵~山地側、右がインダス平原部です。左は、直線的な断層崖が伸びる荒々しい乾燥地帯。雨期の季節的な水流による浸食-堆積の痕跡が随所に見られます。右は蛇行河川、三日月湖を囲んで緑豊かな農村地帯が続きます。これを見て分かるとおり、丘陵~山地側は限られた季節的な降雨時を除くと、非常に乾燥している。一方平原側は、ヒマラヤの氷河や豊富な降雨・降雪を源とするインダス川につねに潤されている状態というわけです。インダスという巨大なベルトコンベアーが、乾燥地帯の中に大量の水、および堆積物(これも重要:後述)を供給することで、平原部の地形・水文環境と景観が作り出されているのです。
しかしこのインダス川、昨夏の大洪水を見ても分かるとおり、時に(実は一定の周期で)氾濫や河道変更を起こすのです。巨大なベルトコンベアーの暴走です。生命の水は、その時、凶暴な破壊の源となります。
したがって平原部では、灌漑などの水利だけでなく、治水対策も不可欠です。それも、大規模に。逆に、都市のような人口の集中が形成され、集約的な労働力の投下が可能になれば、どんどん開発ができる、ということでもあります。
一方、前者では、たとえば『遊牧という文化―移動の生活戦略』 (歴史文化ライブラリー)
に描かれるように、天水、オアシスに頼った粗放な農業と小規模な牧畜による生業が営まれます。各水系の集水域は小さく、そこへの降水量も限られています。年ごとの降水量の変動はダイレクトに生産力に影響します。環境許容量は決して大きくなく、人口や生産量は低い水準で維持していく戦略をとらざるを得ません。
こうした地形・環境の差異が、2つの地域の対照的な歴史のバックグラウンドとなっているのです。そして石器の分析から見えてきたことも、こうした地形・環境と密接に結びついているのです(ジャジャジャ~ン)
さて、Indus-Saraswatiさんに触発され、壮大な妄想を顕わにしてしまったので、今までの記事をうまくここまでつなげなければなりません。ちょっと過去記事のタイトルも整理し直しておきますね。
そして印度で修業中のK先生、声をおかけして巻き込もうとしているのは、こんな野望(無謀?)が合ったからなのです。以下、連携企画続く(?)
さてシンポ予告編の続きを書こうと思っていたのですが、遠くインド・プネーから刺激的な記事が届いたのでちょっと脱線。

右は、World Wind:NASAが作った究極の衛星地球儀ソフト
インダス文明以前、主要な遺跡が展開するのはおもにオレンジ~濃紅の地域。一方、2大都市をはじめ文明期前半の中心は、もちろん水色~緑の平原部です。
この画像でもはっきり分かるとおり、基本的には乾燥地域の中を、ヒマラヤ(左上側)を水源とするインダス川の流域にだけ緑の帯が伸びています。今日のパキスタンにおいても、重要な穀倉地帯です。




で、こちらの写真は2007年3月に、カラチからサッカルへ飛んだときの機窓からの風景。左が、インダス右岸の丘陵~山地側、右がインダス平原部です。左は、直線的な断層崖が伸びる荒々しい乾燥地帯。雨期の季節的な水流による浸食-堆積の痕跡が随所に見られます。右は蛇行河川、三日月湖を囲んで緑豊かな農村地帯が続きます。これを見て分かるとおり、丘陵~山地側は限られた季節的な降雨時を除くと、非常に乾燥している。一方平原側は、ヒマラヤの氷河や豊富な降雨・降雪を源とするインダス川につねに潤されている状態というわけです。インダスという巨大なベルトコンベアーが、乾燥地帯の中に大量の水、および堆積物(これも重要:後述)を供給することで、平原部の地形・水文環境と景観が作り出されているのです。
しかしこのインダス川、昨夏の大洪水を見ても分かるとおり、時に(実は一定の周期で)氾濫や河道変更を起こすのです。巨大なベルトコンベアーの暴走です。生命の水は、その時、凶暴な破壊の源となります。
したがって平原部では、灌漑などの水利だけでなく、治水対策も不可欠です。それも、大規模に。逆に、都市のような人口の集中が形成され、集約的な労働力の投下が可能になれば、どんどん開発ができる、ということでもあります。
一方、前者では、たとえば『遊牧という文化―移動の生活戦略』 (歴史文化ライブラリー)
こうした地形・環境の差異が、2つの地域の対照的な歴史のバックグラウンドとなっているのです。そして石器の分析から見えてきたことも、こうした地形・環境と密接に結びついているのです(ジャジャジャ~ン)
さて、Indus-Saraswatiさんに触発され、壮大な妄想を顕わにしてしまったので、今までの記事をうまくここまでつなげなければなりません。ちょっと過去記事のタイトルも整理し直しておきますね。
そして印度で修業中のK先生、声をおかけして巻き込もうとしているのは、こんな野望(無謀?)が合ったからなのです。以下、連携企画続く(?)
by asiansophia
| 2011-01-05 22:25
| 南アジア考古学/SA Arch.

