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日本旧石器学会第10回大会のご案内

 季節の変わり目のせいか、帰宅して夕飯を食べるとそのまま気絶したように寝てしまいます...というわけで、書きためておいた記事もあっと言う間に底をついてます(言い訳)

 さて本日は、日本旧石器学会第10回大会のお知らせ


 2012年大会は、6月23日(土)、24日(日)に、奈良市の奈良文化財研究所 平城宮跡資料館で開催します。独立行政法人国立文化財機構 奈良文化財研究所との共催です。

 日程・プログラムは以下の通りです。

6月23日(土)
 総 会 (13:00~14:00)
 記念講演(14:15~15:15) :中央アジアの旧石器時代 Z.タイマガンベトフ氏(カザフ国立大学)
 一般研究発表(15:30~16:30)
 シンポジウム(16:35~17:30)
 「旧石器時代遺跡・立地・分布研究の新展開-『日本列島の旧石器時代遺跡』データベースの到達点と展望-

  趣旨説明
  基調講演:旧石器データベースHacks! 近藤康久
 懇親会

6月24日(日)
 シンポジウム(9:00~15:30)
  1「日本の旧石器時代遺跡」データベースの成果と応用
  基調報告
   1-1.「日本の旧石器時代遺跡」データベースが明らかにしたものと明らかにすべき課題 光石鳴巳・小菅将夫
   1-2.地形・地質・考古遺跡情報の連係と旧石器時代遺跡の立地・構成 野口 淳
   1-3.北海道における旧石器遺跡の分布と立地 高倉 純・小杉 康
   1-4.相模野台地における黒曜石利用の時空間的変遷 諏訪間 順
   1-5.九州、後期旧石器時代~縄文時代初頭の遺跡立地、分布 芝 康次郎
  2 遺跡データベース、GIS考古学の展開
  基調報告
   2-1.ヨーロッパにおける中期‐後期旧石器時代遺跡の時空間分布 佐野勝宏
   2-2.縄文時代の葬制・祭祀研究におけるデータベース構築と分析手法の開発 中村 大
   2-3.DEMによる地形解析と遺跡間分布の検討 千葉 史
  コメント
  パネル・ディスカッション

 ポスター発表
  会場:平城宮跡資料館 企画展示室
  日程:6月23日(土)~24日(日)
  *コアタイムは24日12:00~13:00

 会場への交通案内:
 近鉄大和西大寺駅下車、徒歩5分。奈良文化財研究所本庁舎の東側です。

  ※駐車場はありませんので、お車でのご来場はご遠慮ください。

 宿泊:各自でご手配下さい。会場周辺には、多数のホテル・旅館があります。JR・近鉄奈良駅、近鉄新大宮駅周辺の宿泊施設が便利かと思われます。

 参加申し込み:
 日本旧石器学会員 ニュースレター20号の送付時にハガキを同封します。必要事項を記入の上、6月15日までに、事務局までお申込み下さい。また、やむを得ず欠席する場合は、会則第5条により、欠席の委任状を含め全会員の5分の1以上の出席をもって総会が成立しますので、同ハガキ下段に記載された委任状に記入、捺印のうえ投函願います。
 なお、学会員以外の一般参加も可能です。当日、予稿集代(予価1,500円)がかかります。
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# by asiansophia | 2012-03-31 17:50 | 旧石器考古学/Palaeolithic

PJAM2012#12 ヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群へ(その1)

 さて、いよいよ第4日目(2/22)です。お待ちかね(の人は数限られてると思いますが...)砂漠の中の旧石器時代遺跡へGo!です。
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 出発前に、本日の装備。左から、デジカメ(Pentax ist*DS2:6年目)、ノートPC(ASUS EeePC1015PX:安さと軽さ(1.1kg)、バッテリー駆動時間の長さだけが取り柄)、ポータブルGPS(Garmin Oregon550)。PC画面に映っているとおり、マッラー教授、ヴィーサル教授らがこれまでの調査で記載してきた遺跡・地点の位置を、地図(ここではランドサット画像)に投影、これを切り出してGPSに流し込み、現地で歩きながら位置を再確認・同定し、さらに必要に応じてDEM(今回はASTER-GDEMを使用)と照合して地形を確認しようという試み。具体的な手順と結果はまた後ほど。概略を知りたい方は、まずはこちら(『フィールドワーカーのためのGPS・GIS入門』)をお読みください。
 さて、この日はマッラー教授だけでなく、ヴィーサル教授やマダム・タスリームほか、研究室・博物館スタッフ総出で朝イチで出かけようということでしたので、9時半(これでも朝イチ)には博物館に行ったのですが、案の定、まだ誰もおらず... そのうちにマダム・タスリームが登場、チャイをいただこうとしているところでようやくヴィーサル教授も登場。結局、なんだかんだで出発の準備が整ったのは11時頃でした。でも、気にしない、気にしない(笑)
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 当日の行程は、ざっとこんな感じ。前日に訪れたコート・ディジーの町をはるかに過ぎて、丘陵の南端に回りこんで砂漠に入ります。ASTER-GDEMを用いたDEM図ですが、三日月形の擬バルハン型(Barchanoid)砂丘列の形状が分かるかと思います。
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 コート・ディジーの町を過ぎてさらに南で、インダス川(またはその支流)の旧流路に残された湿地。インダス川の流路変遷については3/19の記事でも触れていますが、衛星画像や遺跡分布との関連についてはまたそのうちにまとめます(たぶん)。
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 こちらは、コート・ディジーの南西のクムバート(Kumbat)の町。ここから、ハイウェイを外れて、ターリ・ミルワー(Thari Mirwah)へと向かいます。
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 ひたすら、まっ平あんど小麦畑orパーム椰子畑orバナナ畑。
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 ターリの町は、タール砂漠の西縁にあたり、ハイルプール運河から枝分かれしたミルワー運河が町の中央を南北に流れています。人口は(たぶん)1万人くらい(ヴィーサル教授談)。ミルワー運河の灌漑水利による農業が中心の町です。
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 ターリーの町の東にも旧流路跡の湿地がありました。これらの湿地は季節的に水位がかなり変動するようです。マッラー教授いわく、現在ではこれらの湿地は農業用水には利用されないとのこと。利用されているのは、すべて灌漑用運河およびその分水なのだそうです。
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 ターリの東は、美しい小麦畑が広がっています。でも、Google Mapの衛星画像を見ると、もう砂丘列の間なんですね。リンク先(別窓)の地図の左にThari Mirwahの町があり、Thari Naro Rd.を東へ向かっているところです。ミルワー運河からの分水が到達している範囲は、どんどん耕地が開かれて新たな村ができているとのことです。
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 護衛のアブドゥル・カディールとムバーラク。この日は、マッラー教授、私と同じ車だったので少々お静か...ですが、地元の皆さんやKさんと同じ車のときは、まぁにぎやかだったそうです(笑)。
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 そして、いよいよ道端も砂っぽくなってきました。
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 緑の畑の向こうには、砂丘(高さ30~50mくらい)が見えてますね。
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 2012年時点でもっとも東に開かれた村と耕地を過ぎると...
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 そこはもう砂漠です。なお、最近(ここ2、3年のうち)、きれいな舗装道路が整備されたので車で簡単にアクセスできるようなりましたが、それ以前は、4WDかトラクター、ラクダでないと行き来が容易でなかったと言うことです。
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 このあたりの砂丘は、幅1km、高さ50~70mくらいの三日月形か、それがいくつか連なった形状のものです。少なからず植生がありますが、基本的には遊牧民以外は生活していません。
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 そんな砂漠の一角に、お目当てのヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群があるのですが...
 以下、次回。
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# by asiansophia | 2012-03-27 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#11 コート・ディジー遺跡

 2012年パキスタン調査旅行2月場所報告、第11回目にしてまだ3日目です。
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 前回まで2回にわたって紹介したコート・ディジー城。現在のハイウェイ側から見たところ。
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 そしてハイウェイを挟んで反対側に、コート・ディジー遺跡があります。
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 マウンドの規模は130×100m、一見するとあまり大きく見えませんが、1955年にF.A.ハーンにより実施された発掘調査により、基盤まで10mの堆積中に16層が識別され、先インダス文明期(コート・ディジー文化期)からインダス文明期までの変化が層位的に確認されたことで、インダス文明の成立過程を考える上でもっとも重要な遺跡のひとつとなりました。
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 なお、マウンド部だけでなく、その東~南東裾、ちょうどマウンドとコート・ディジー城の立地する丘の間にもローワー・タウンと呼べる遺跡が広がっているようです(マッラー教授談)。
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 一方、遺跡の北~西はインダス平原の沖積低地です。
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 北側の発掘トレンチ跡。マウンドの裾部は石積みでいちおう補強されているようです。
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 上段にもかなり石積みが見えます。シンド州のインダス平原部は石材に乏しいため、インダス文明期の建物は、ほとんどが日干しレンガか焼成レンガ積みです。しかし、ここコート・ディジー遺跡では石灰岩がかなり多用されています。もちろん、この石は、遺跡の目と鼻の先、ローフリー丘陵でふんだんに入手可能なのものです。そして現代でも、建築用の石材はほとんどがローフリー丘陵から切り出されて平原部の都市、町へとトラクターやトラックで運ばれています。
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 石積みと、トレンチの壁に残された堆積。トレンチ壁の穴は、鳥の巣穴...
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 そしてマウンド上にはびっしりと土器片が...
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 マウンドの最上部で写真を撮りまくる(?)Kさん。残念ながら、発掘調査後に埋め戻しがなされず、なんら保護の措置がとられていないので、トレンチ壁は鳥の巣穴だらけ、崩落し放題、侵食が進んでいます。ちなみにマウンド部の状況は、GoogleMapの衛星画像からも確認できます。
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 というわけで、16層のうち最上部はこれしか残っていません。再発掘、再検証をしようにも、これでは...
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 こちらはF.A.ハーンによる主要発掘区側。ここでも、トレンチの掘削が及んでいる範囲は、その後のダメージも相当です。マッラー教授らは、再発掘を実施するとともに地元(ハイルプール県)とも協力して博物館を建設したいと考えているようですが、果たして...でも、実現に向けてできることをはお手伝いしたいところです。
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 そして再発掘に向けて気になるものがこちら...遺跡のほぼ全周で観察される炭の層です。いったいこれは...???
 ハラッパー式土器やら、腕輪やら、ビーズやら、とにかく、ちょっと歩くと色んなものが拾えてしまいます。それだけ、包含層が浸食されて重要な記録が失われ続けていると言うこと。何とか、手を打たないといけない状況です。
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 そんなシビアな状況を語り合いつつ(?)記念撮影。Kさん、マッラー教授、護衛のアブドゥル・カディール(左)とムバーラク(右)。
 この日は夕方に大学(SALU)に戻りました。
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 で、夕飯はまたしてもチキン・カラヒとサブジでした。でも、美味いので食べ過ぎ気味。
 さて次回はいよいよ第4日目、砂漠の旧石器時代へ向かいますよ。
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# by asiansophia | 2012-03-26 20:00 | PJAM2012

パキスタン・バザール2012

 日曜日(3/25)は、家族でパキスタン・バザール2012に行ってきました。代々木公園のイベント広場(NHK放送センター側)が会場です。
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 3/24~25の2日間で、土曜日にはアントニオ猪木氏もゲストとしてきていたらしいですよ。
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 野外ステージでは、民族音楽の演奏やダンスなども行なわれてました。息子1は、なぜか熱心に聴いてました。息子2は、「怖くなっちゃった~」と半べそ、そのままお昼ね...(写真は、アフガン音楽の「ちゃるぱーさ」)
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 奥さんは、どこぞでヘナ・アートをやってもらってきてました。
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 なんと言っても賑わっていたのは、多数出店していたパキスタン料理店の屋台です。
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 我が家は、こちらで。レストラン「ナワブ」。お店は、湯島、八丁堀、日本橋にあるそうです。スパイスがよく効いていて、とても美味しかったです。
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 屋台の調理場。カレーがライスまたはナン付で¥500、ほかにチキン・ティッカやケバブなど。
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 で、バター・チキン・カレー(左上)、チャッパリ・ケバブ(右上:マトンのひき肉をスパイスと合わせて平丸形に焼いたもの)、ハリヤーリー・ティッカ(右上の串:ヨーグルトとほうれん草入りのペーストで下味を付けた焼き鳥)、プラオ(下:チキンとスパイスの炊き込みご飯)にしました。プラオは、クミンとカルダモンがたっぷり使われていて、とても美味しかった!
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 こちらは、まぁ、パキスタンとは直接関係ありませんが...トルコの「のび~るアイス」ことドンダルマですね。お兄ちゃんが、「のび~る」と叫びながら練ってるところ。これを見せられたら、子供たちは釘付けです。仕方ないので食後のデザート(でも、1つ¥400涙)
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 お昼過ぎには、けっこうな人手でしたよ。NHK放送センター前ではアースディ・マーケットもやってましたし。この後、タケカワ・ユキヒデ氏(ガンダーラつながりということでしょうね)もゲストで登場したらしいのですが、我が家は、息子×2が「はやく公園に行きたい」コールだったので、歩道橋を渡って代々木公園の広い側へ。
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 さっそく噴水に駆け寄る息子1。もう少し暖かかったら「入る」と主張されてたことでしょう;
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 天気もよく、日差しも暖かかったのですが、風はまだまだ冷たかったです。
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 芝生広場では、シャボン玉アートやってました。シャボン玉を追って、子供たちが右へ左へひしめきあってます。
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 当然、息子×2も参戦。
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 相当、走り回ってました。
[IMAGE|a0186568_20541732.jpg|201203/25/68/|mid|360|240#] 息子2は、やや柄が小さすぎて苦戦。でも、自分でシャボン玉やらせてもらえたので大満足。
 この後、代々木八幡駅まで歩いて帰りましたが、途中から息子1は歩けず...最後は電車の中で寝てしまいましたとs。
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# by asiansophia | 2012-03-26 06:00 | おでかけ/ Japan

PJAM2012#10 歴史の街コート・ディジーその3

 前回に引き続き、もう一度、コート・ディジー城です。西側、つまり現在のハイウェイ側から見た全景。まさに、壁です。
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 コート・ディジーの町は、この背後(東側)にあります。平地部分には、かつて泥レンガの城壁が築かれていたそうです。
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 そしてコート・ディジーの町は、城下町らしい細く曲がりくねった路地のあちこちに古い建物が残り、歴史を感じさせてくれます。ハイウェイ沿いのにぎやかな町並みとは違った味があります。
 先に紹介したシーシュ・マハルなどとあわせて保存・整備を進めることで、観光や歴史教育のセンターになり得るのではないか、とマッラー教授は構想しています。
 しかしながら、ここもまた、さまざまな問題に直面しています。街道沿いの新しい町ほどではないにしろ、やはり古くなった建物は新しくしたいのが人情、町並みを保存するためには、それなりの計画と住民への配慮、支援が不可欠でしょう。
 そして何より、歴史的景観の中核となるコート・ディジー城の保全が最大の課題です。
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 これは低層部、城門のすぐ脇の城壁。基部に染みのように見えるのは、雨季に水が漬いてしまった範囲です。基本的にはほとんど雨の降らない地域ですが、雨季には集中的に雨が降ります。排水施設が整備されていない城内は、プールのようになってしまうのだそうです。
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 そしてもう一つ、地下水に含まれる塩分が毛細管現象で地表へ、そして城壁のレンガへと吸い上げられ、城壁にダメージを与えます。
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 保存状態がよいところは、こんな感じで精巧なレンガ積みを観察することができます。
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 ところがダメージを受けた箇所は、基部から崩壊してしまうのですね(マッラー教授撮影)。
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 城壁の上にも崩落している部分があります(マッラー教授撮影)。
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 とくに最上層部はダメージが大きく、ところどころで修復の努力がなされていますが、付け焼刃です。復元が不十分だったり、オリジナルとは異なる素材(コンクリートや石)などを使用している箇所もあります。考古学や建築史などの専門家の調査と監修にもとづく保存処置、復元修復が必要です(2007年撮影)。
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 こちらは、城門脇にある穀物倉庫。写真左側のドーム状の建物がそうなのですが...1基はドーム天井が落ちてしまっています。あと2基あるのですが、これも何らかの処置をしないと近いうちに崩落してしまう危険があります(2007年撮影)。なお、これらの穀物倉庫の現状は、Google Mapでもはっきりと見えます。
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 ふたたび、城壁の上から見たコート・ディジーの町。左側の池のさらに左(画面外)にシーシュ・マハルがあります。遠景には、小麦とパーム椰子の畑の緑、さらに彼方にローフリー丘陵。乾き切った砂漠と緑のコントラストが織りなす風景はなかなかのものです。サッカル空港から1時間ほど。絶好の観光スポットにもなると思うのですが。

 さて、この後は城を下りて、コート・ディジー遺跡を見学しました。詳細は次回。
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# by asiansophia | 2012-03-25 19:45 | PJAM2012