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PJAM2012#15 ヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群へ(その4)

 パキスタン2012春場所、ヴィーサル・ヴァレー地区の旧石器時代遺跡、まだまだ続きます。
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 そもそも、なんでヴィーサル・ヴァレー地区の遺跡なのか、それは、これ、この石器なんです。
 以前から、SALUが刊行するジャーナルAncient Sindhに掲載されているレポート、あるいはマッラー教授が来日されたときの講演の際に紹介されていた写真を見て、「これは!」と思っていたのが、このエンド・スクレイパー(日本語では掻器とも表記しますね)です。およそ4~3.5万年前にはじまる後期旧石器時代―すなわちアフリカの外に現代人が進出し急速に広がっていった時代―の開始を象徴する石器のひとつと考えられています。ヴィーサル・ヴァレー地区には、このエンド・スクレイパーがきわめて多く分布しているようで、SALU考古学・人類学博物館にも多数展示されていました。しかも、大きめで厚手のやつ!!(マニアックですみませんが、分厚いことが重要なのです。この場合...)
 で、1時間半くらいの踏査と表面調査で、早速拾ってしまいましたよ。
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 こんな感じのブレイド・コアも一緒です。ますます高まる期待感(ごく一部にしか理解していただけないと思いますが...)。
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 ほらほら、また別のエンド・スクレイパーも...
 この日は、遺跡の概況、地形や景観の確認、そしてヴィーサル教授らの記録したGPS位置座標の正確さの確認が主眼だったので、資料採集自体はそんなに集中してやったわけではないのですが、まぁ、次々に素晴らしい、思い描いたとおりの石器が拾えるわけです。
 と言うことで、いたく興奮してマッラー教授、ヴィーサル教授とも意見交換してたわけですが...まぁ、その場でも3人以外にはまったく伝わらなかったでしょうね(涙)
 残念ながら、その瞬間を本人が写真に撮ることは無理だったのですが、同行していたKさんがパシャリと撮っていてくれました、のでちょっと拝借。
 出典は、こちらです(笑)
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 この後も、いくつかの地点を回ったのですが、私個人としては、もう心を決めてしまいました。エンド・スクレイパーをガンガン拾える地点があるのです。もう、そこしかない。
 ヴィーサル教授は、なら掘ろう、と言っておりますが、まずはその前に、今度はじっくりと表面調査をして、石器の組成や分布状況を確認しなければなりません。まだ4日目、あと8日は滞在できるので、順を追って取り組みましょう、ということで、明日、もう一度表面調査を行ない、その翌日は大学で資料の確認、その上で試掘をしてみよう、ということになりました。
 いやはや、「掘る」ところまで話が進むとは、まったく考えていなかったのですがね。まぁ、これも成り行きです。インシャラー。
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 ということで、急きょ、ヴィーサル・ヴァレー・プロジェクトの始動ですよ...でも、続きはまた次回。
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# by asiansophia | 2012-04-03 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#14 ヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群へ(その3)

 さて、いよいよヴィーサル・ヴァレー地区の踏査、本編です。
 ここは、2000年以降、ヴィーサル教授に発見され、SALU考古学研究室が分布調査を続けてきた旧石器時代を中心とする遺跡群です。おもに中期~後期旧石器時代の遺跡で、前期旧石器時代まで遡る可能性のあるハンドアックスは1地点で表採されているのみ、中石器時代やインダス文明期の遺跡も少なく、一帯の中では特異な様相を示しています。
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 しかし、なんで発見者と遺跡名が共通するのか、疑問をもたれる方も多いことでしょう...と、すでにネタばれかもしれませんが...遊牧民がたまに通り過ぎるほかに住人のいないこの辺りは、細かく地名がつけられていないので、ヴィーサル教授やマッラー教授のビッグ・ボスであり現SALU副学長のマダム・ニローファー教授が、「発見者の名前付ければいいんじゃない」というノリ(?)で名づけられたのだそうです。はい、予想通りの展開ですみません(写真は、遺跡にたたずむヴィーサル教授)。
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 では、いよいよ踏査開始。舗装道路から外れて砂漠に乗り入れた車が到着したのは、砂丘間の凹地にある第2地点、第3地点付近です。ASTER-GDEMにもとづくと、凹地底部の標高はだいたい35~40m程度。見ての通りフラットですが、これは基盤の石灰岩が露出しているためです。
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 そして地表面には、石灰岩の礫とチャートの原石、石器が入り混じって分布しています。
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 砂丘上の地点とは異なり、明確な集中部を見出すことは難しく、また採集される資料もほとんどが石器製作の際の副産物ばかり。整った石核や、石刃など、そして道具としての石器はほとんど見当たりません。チャート原石の採取と、一次的な打ち割りを集中して繰り返し行なった、いわゆる原産地遺跡的な性格を有するのだと思われます。
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 基盤が露出する地点を離れると、地表面は柔らかな砂に覆われるようになります。この砂は、おそらく風により頻繁に移動を繰り返しているものでしょう。
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 砂地の表面は、季節的な降雨によりえぐられている部分があります。
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 そして砂地の範囲は、基盤が露出している範囲より植生が繁茂しています。
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 その砂地に、石器がばらばらと散布している地点があります。
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 こちらは、砂丘をだいぶ登った中腹付近の地点。
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 比高差70mほどの砂丘を登り切ったあたり。
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 遺物を探す、マッラー教授とKさん。ただし...
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 見ての通り、石器自体は体をかがめて探すまでもなく、いくらでも落ちています。探しているのは「いいもの」(笑)。
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 砂丘頂部の第66地点にたたずむマッラー教授。
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 また別の、砂丘中腹の第75地点。
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 一帯には、これまでに100以上の地点が確認されてます。ので、まさに犬も歩けば石器に当たる状態。
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 と言うわけで、この日ばかりは石器に興味のない(失礼)Kさんも、思わず拾ってみたりするのでした。
 で、何が見つかったのか? については、また次回。
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# by asiansophia | 2012-04-02 20:00 | PJAM2012

小金井公園、桜はまだまだ

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 日曜日(4/1)、風はまだ少し冷たかったのですが、とてもよい天気だったので小金井公園へ行きました。
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 東京の桜は3/31に開花宣言でしたが、ここはまだまだ。かなり膨らんでいるつぼみもありますが、開花している桜は見当たりませんでした。
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 まぁ、息子×2は桜がいつ咲くかなんて関心ゼロですし、お花見期間中はものすごい人手で遊ぶどころではないので...とりあえず芝生の上を駆け回れれば満足です。
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 あと、自転車と三輪車。これは息子2が、こっそりお兄ちゃんの自転車に乗ってるところ。でも、足が届かないのでまたがってるだけ(笑)
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 あと、4月からオープンのハンモックの森の初日もゲット。サイクリングセンターの北、こどもの広場の東の木立でやってます。
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 150円で30分。子供は、ハンモック大好きです。
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 あとは、わんぱく広場でアスレチックとか、
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 すべり台とか、
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 植え込みの中の秘密のトンネルを探検したりとか、
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 そしてとどめは、ふわふわドーム。今日は人数少なめだったので、順番待ちもあまり長くなく、思う存分遊んでました。
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 気候がよくなってきたので、またちょくちょく出かけることでしょう。
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# by asiansophia | 2012-04-02 06:00 | おでかけ/ Japan

PJAM2012#13 ヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群へ(その2)

 ちょっと間があきましたが、パキスタン2012春場所再開です。第3日目、ヴィーサル・ヴァレー地区の踏査と表面調査の続きですが、その前に、地理と地形について少々。まずは前回のDEMに続いてランドサット画像をご覧下さい。画像データは、米・メリーランド大学のGLCF(ESDI)サイトで無料ダウンロードできるものを利用(TM GLS-1990)、カシミール3Dを使用して作成しています。カシミール3Dでランドサット画像を使用する方法は、ホームページ、または『カシミール3D パーフェクトマスター編』『フィールドワーカーのためのGPS・GIS入門―フィールドにGPSを持っていこうGISで地図を作ろう』などをご参照ください。
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 さてこの画像では、カシミール3Dの「ナチュラルカラー」設定を使用しています。近赤外線のバンド4をRGBカラーのGに対応させているので、植生範囲が鮮やかな緑色で表示されています。で、左側の緑の範囲がインダス平原。くねくねと黒い帯はインダス川旧流路跡の湿地です。右側の細い帯はナラ低地です。中央の白い範囲はローフリー丘陵~タール砂漠の植生が希薄な範囲。より白が強いのは基盤の石灰岩が露出している範囲で...
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 現地の景観はこんな感じ(コート・ディジー~チョーンディコ間のNara Road沿い)。
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 またはこんな感じ(シャデー・シャヒード東方の丘陵頂部、2007年撮影)。地表面は、ひたすら露出した基盤岩と、それが風化してできた礫に覆われています。土壌はほとんどない(風と、わずかな降雨で洗い流されてしまう)ので植生もほとんど見られません。ただし谷底には土壌がわずかにあり、乾燥に強い灌木などが見られます。
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 丘陵を構成する基盤層は東に向かって傾斜しており、ナラ低地に近づくと砂丘砂に覆われはじめます。季節的な降雨があるので、若干の植生が見られます(Nara Road沿い、チョーンディコの手前付近)。
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 また基盤層は南側にも傾斜しており、丘陵の南縁沿いでは周囲との比高差がほとんどなくなります(丘陵南部カンダルキー地区の東方15km付近)。
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 これに対して、ヴィーサル・ヴァレー地区は、このとおり、見渡す限り一面の砂、砂、また砂...まさに砂漠です。
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 ちゃんと気温計で測ったわけではないのですが、この日(2/22)はたぶん30度までは行かなかったでしょう。肌寒い風も強く、砂漠の踏査には適していたと言う感じです
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 ところで地形が大きすぎて写真ではなかなか伝わりづらいと思いますが、決して平らな地形ではありません。と言うよりもむしろ、ものすごいアップダウンです。長軸1.5~2.0km、短軸0.8~1.5kmくらい、比高差30~70mくらいの巨大な砂丘が1~2kmおきに並んでいるのです。
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 砂丘の高まり、何となく分かりますか?
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 DEM(ASTER-GDEMを利用)でみるとこんな感じ。茶色い部分が砂丘、緑の濃い部分が砂丘間の凹地です。なお、赤い点は、ヴィーサル教授、マッラー教授らのこれまでの調査で記録されている遺跡(地点)です。
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 砂丘上には、タマリスク類などの灌木などが点在しています。
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 このような感じの、棘棘しい、いかにも砂漠っぽい草とか。
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 本当に棘が痛い灌木とか。これは、うっかりタオルを引っ掛けてしまったのですが、こまかな針のような棘が繊維に絡んでしまい取り除くのに難儀しました(思わず、タオル捨ててしまおうかと思ったくらい...)。
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 これは多分、寄生植物ですね。現地の人にも珍しいらしく、しきりに写真を撮れと薦められ、また彼らも一生懸命写真撮ってました。この季節(冬~春先)にしか見られないみたいです。
 また今回は季節違いでしたが、砂漠にもキノコがいろいろ生えるらしく、マッラー教授などはそのキノコを採って食べるのが趣味なんだそうです。ぜひ、次回、機会があったら試してみたいものです。
 こんな景観の中を、2時間ちょっと歩き回ってきたのですが... なんと、そこらじゅうに石器が落ちているのです!!!
 と期待だけさせておいて、続く。
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# by asiansophia | 2012-04-01 20:00 | PJAM2012

府中市史跡 旧陸軍調布飛行場白糸台掩体壕

 パキスタン編再開の前に、日本の近・現代遺跡について。

 飛田給駅の北側、味の素スタジアムに隣接している東京都調布飛行場は、太平洋戦争直前に建設されました。当初は、羽田空港に次ぐ東京の公共用空港として開設されたのですが、太平洋戦争の間は旧日本陸軍が使用していました。とくに米軍による空襲がはじまると、首都防空の中心的な基地として戦闘機が配備されていました。そしてその戦闘機を米軍機の空襲から守るために、基地内外に多数の掩体壕が建設されました。
 掩体壕というのは、盛り土やコンクリート製の掩蓋などにより航空機などを保護するための軍事施設です。調布飛行場では、航空機を空襲から守るために、飛行場の範囲外の多磨霊園や浅間山、下石原八幡神社などまで航空機を運び出して秘匿していたそうですが、掩体壕もまた、飛行場の範囲外にも多数建設されました。その総数は百基を越えると言われていますが、現存しているのはわずか4基です。
 そのうちの1基が、府中市の白糸台掩体壕です。長らく個人の所有でしたが、保存状態がもっともよく、2008年に府中市の史跡となりました。
 その後、発掘調査が行なわれ、保存・公開のための整備が続けられていたのですが、このたび、2012年3月29日に公開されました。

  Google Mapでも、上空からの姿が映っています(こちら:別窓)。これは、整備工事前の状態ですね。

 さてこの白糸台掩体壕の整備竣工記念式典と内覧会にお呼ばれしてきました。実は、先に同じ調布飛行場の掩体壕(の基礎部分)を発掘したことがあり、整備にあたって図面等を提供させていただいたという経緯からです。
 調布飛行場の掩体壕については、すでに飛行場滑走路北側の武蔵野の森公園内に2基が保存・公開されていますが、残念ながら安全上、入り口は封鎖されていて内部を見ることはできません。対して、白糸台掩体壕は内部も公開されると言うことで(ただし、ふだんは内部には立ち入れません。特定の日時に見学会を行なうそうです)、軽い気持ちで中を見に行こうと思って足を運んだところ...
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 記念式典の来賓席、府中市議会の議員さんたちが居並ぶ末席に通されてしまいました(汗)。とりあえず、小さくなって座ってました。写真は、挨拶する府中市長。
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 テープカットは、市長、市議会議長、都議会議員のみなさん。
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 掩体壕と整備事業について説明する府中市の文化財担当のEさん。
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 で、こちらが整備の完了した掩体壕です。
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 こちらは解説板。
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 お待ちかねの来場者のみなさんは、さっそく壕内へ。
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 掩蓋内部の天井部分です。石ころだらけ...
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 これ、実は多摩川のかわら石です。コンクリートに、川砂ではなくて大量の石ころを混ぜてるのですね。物資不足の中、少ないセメントで掩蓋の躯体を作るための苦肉の策でしょう。国民学校の生徒まで動員して、もっこで川原から運んできたのだと言います。
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 こちらは型枠に使った板材でしょうか? ドーム状の掩蓋部は、まず土饅頭で型を作り、その上に、板や新聞紙などを敷き詰めてからコンクリートを流して整形したのだそうです。小さな端切れを使ったので、コンクリートに取り込まれてしまったのですね。
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 今から考えられると信じられないような粗悪な建材と工法です。物資不足はもちろんのこと、建設には軍の専門部隊(工兵)が従事することなく、わずかな軍人の監督の下、地元の人びとが動員されたと言うことです...
 これでは、爆撃から戦闘機を守るどころか、いつ天井が崩落するか、という方が心配なくらいではないかと思いますが...
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 いちおう、外観からはそんな粗悪な状態がわからないように、モルタルで薄く化粧されています。でも、モルタルがはげている部分からは小石だらけなのが見えてます...

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 現地は、国道20号線(甲州街道)の陸橋のすぐ南側ですが、住宅街の中で少し分かりづらいかもしれません。でも最寄の西武多摩川線「白糸台」駅、京王線「武蔵野台」駅からは、案内板が経路上に整備されたので、案内に従って行けば辿りつけますよ。
 これから、国道の陸橋沿いの桜も綺麗な季節なので、ぜひ!
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# by asiansophia | 2012-04-01 06:00 | 野川・多摩川/RegionalStudy