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カテゴリ:PJAM2012( 20 )

PJAM2012#19 ハイルプールお食事事情

 ちょっと横道2。ある晩の夕食、チキン・ビリヤーニー!
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 スパイスの効いた、鶏炊き込みご飯です。これがまた、うまいのなんのって...食べ過ぎ注意報継続中です。
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 こちらは、16スイーツ・ゲストハウスのコックとボーイ。今回の滞在中は、本当に食事に恵まれました。やはり、食事は大事です。
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 話しは変わって、こちらはスーフィという名前の果物。
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 白い果肉で、リンゴと洋ナシの中間のような食感です。味は...まぁ、なんと言うのでしょうか、日本で品種改良がすすんでいる果物と違って甘さはあまりなく、なんとも言えない味わいです。というか、率直に言えばもう一度食べたいなぁ、とは思いませんでした。
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 こちらは、ラーイというお菓子。ナッツ、豆、ゴマなどを飴で固めたもの。なぜか、ガソリンスタンドで売ってます。そして、とても堅い。まぁ、長いドライブ中の暇つぶしと小腹対策にはいいのかもしれませんが...こちらも何とも評価しがたい食べ物でしたね。
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 ふたたびフルーツ。ゼイトゥーンと呼ばれていますが、オリーヴではありません。グァバです。果肉は白で、酸味もあまりなくほのかにグァバの香りがする(かなぁ?)という感じでした。現地のみなさんは、ガツガツ齧ってましたが、まぁなんと言うか、1個食べれば十分です、と言う感じ...
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 こちらはティークまたはチェクゥ。英語ではサポディラ、また日本ではメキシコ柿と呼ばれることもあるそうです。見た目の通り、柔らかな果肉のフルーツです。これはかなり甘い...でもまぁ、これもまた1個食べれば(以下、略)
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 と言うわけで、決して好き嫌いのある方ではないのですが、残念ながらフルーツに関しては、マイナーでローカルなものよりも、ポピュラーな、こんな感じのものに軍配が上がりました...
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 これはスナック菓子です。インドにもありますね。ベビースター・ラーメン・カレー、ナッツ入り、見たいな感じですが...辛くて甘くて酸っぱいんです...つまりスパイス+砂糖+レモン味。でも、なぜか食べだすと止まりません。なければ、なくてもよいのですがね(笑)
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 こちらは、ある晩、ヴィーサル教授のお宅で晩御飯をご馳走になったときの、チキン・ティッカ(手前)とシャーミー・ケバブ(右上)。
 チキン・ティッカは、ヨーグルトとスパイスに漬け込んだ鶏肉を焼いたものですが、この時は、表面がカリカリによく焼けていて絶妙な美味しさでした。シャーミー・ケバブは、その名を聞くと「ダマスカスのケバブ」だし見た目もアラブ(シリア・レバノン)料理のクッベに似ています。たぶん、ルーツはそっち方面なんじゃないかと思いますが定かではありません。同じく、丸く平べったくつくるチャッパリ・ケバブ(草履ケバブの意味)とは違いましたね。これも美味しかった。
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 これは、マサラ・フレンチ・ポテトとでも言いましょうか、最終日にマッラー教授らと夕食を共にしたときに登場。要は、フライドポテトに塩だけでなくマサラ・スパイスをまぶしたもの。かなり、いけます。
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 再び16スイーツ・ゲストハウスに戻って、レンコンのカレー。お?!レンコン!! かなり大き目のぶつ切りのレンコンが投入されてますが、ほくほくしてて美味しかったです。パキスタン料理でレンコン、というのはメジャーではないのだと思いますが、ラルカナ周辺の名産と言うことで、シンド州北部ではよく食べられるらしいです。
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 こちらはインダスの川魚。おいしいのですが、骨が多いのが難点。イワシとかニシンみたいに、脊椎の上下以外にも骨があって、しかも太いのです...
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 今回は、生のやつを写真に撮れなかったのですが(道端で売っているのは見かけたのですが)、たぶん、これと同じやつです(2006年にアトックの近くで撮影)。
 と、まぁ、何の脈絡もなく食べ物の写真を並べてみました。今回は、町中に食事に出かけることがなかったのですが、まぁ、それなりにヴァラエティに富んだものを食せたのではないかと思います。
 それでは、次回は再びヴィーサル・ヴァレー地区の遺跡に戻ります。
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by asiansophia | 2012-04-07 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#18 ヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群へ(その5)

 PJAM2012春場所、パキスタン調査旅行第5日目(2/23)です。
 本日は、前日踏査したヴィーサル・ヴァレー地区を再訪する予定です。前日は、これまでの調査で確認されていた地点の位置をGPSでおさえつつ、地形や地表面での遺物の分布状態などの確認が中心でしたので、本日は、地点ごとの石器組成を明らかにするべく重点的に遺物を採集する予定...
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 ということで、約束どおり朝9時半に博物館に行きますが、またまた例によってなかなかみんな集まらず。今日もまた、博物館前の陽だまりに椅子、テーブルを並べてチャイと世間話。でも、ちょっと雲行きが怪しいのは...砂漠に行くはずなのにマッラー教授は革靴、遅れて登場したヴィーサル教授はお洒落なクルタでおめかししています。そして10時過ぎに連れて行かれた先は...
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 副学長室です(写真は副学長室の看板)。先にもかきましたが(PJAM2012#2 躍進するSALU)、この国の大学では学長は名誉職なので、副学長が大学の実質的なトップです。そして、現在のSALUの副学長は、前・考古学研究室主任でマッラー教授、ヴィーサル教授のボス。本来なら、到着と同時にご挨拶、仁義を切っておかなかければいけなかったのですが、ご多忙のため大学にいらっしゃいませんでした。それが、ついにハイルプールに戻ってきて、今日ならご挨拶できる、ということで、急きょ、両教授とKさんとともに副学長室へ。
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 執務室のデスクのニローファー・シェイフ副学長(教授)。優しそうなマダムという風情ですが、仕事の話しになると眼光鋭くテキパキ指示を飛ばします。マッラー教授、ヴィーサル教授はすっかり小さくなってしまいます。
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 一応、ゲスト扱いなので優しくご対応いただき、施設の使用や資料・現地調査に便宜を図っていただけるというありがたいお言葉をいただきました。で、記念品贈呈。谷中・団子坂のいせ辰の江戸型紙です。
 シェイフ副学長は、最新の技術(年代測定とかGISとかSEMとか...)をバンバン導入したいので、共同調査を進めて大学スタッフや学生に機会を与えるようにと強く要望されてます。こちらとしても願ったり適ったりです。
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 で、お昼前に、ようやくSALUを出発しました。こちらは、ヴィーサル・ヴァレーへ向かう途中のクムバート(KumbatまたはKumb)の街角。
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 街道沿いのフルーツの屋台。真ん中あたりにニンジンが並んでますが見えますか? ここにニンジンは真っ赤で甘味が強く、フルーツの屋台でも売られていて、そのまま丸齧りしてる人をよく見かけます。
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 こちらは収穫したサトウキビを満載したトラクター。過積載で、時折道端で横転しているのを見かけました。危ない... そして時速20kmときわめて遅いので、子供たちが真後ろ(運転手からは死角)を走って追いかけ、次々にサトウキビを抜き取って道端に投げていきます。それを、仲間が回収してみんなで拾って齧るという...
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 街道は、車、トラクター、バイクだけでなく、ロバやら牛やらヒツジも通りますよ。
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 そして再びヴィーサル・ヴァレー地区へ。本日は、副学長に面会適ったので、大学の4WDが利用できるようになりました(もう一台はマッラー教授の自家用車)。
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 本日の目的地は、ここ。昨日確認した中で、もっとも有望そうな―素敵な石器が多数落ちている―第85地点です。見ての通り、砂漠の中で周囲より4mほど高まった小丘の上にあります。
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 小丘のてっぺんは、こんな感じでびっしりと石器に覆われています。
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 引いて写真を撮ろうとしたら、自分にカメラを向けられたと勘違いしたアブドゥル・カーディルが姿勢を正してます(笑)
 出発が遅かったので午後2時間ほどしか調査はできませんでしたが、それはもう、素敵な石器が多数拾えましたよ。その成果と続きは、ウェブで...いやはじめからウェブですね。
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by asiansophia | 2012-04-06 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#17 砂漠の生活

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 いきなり写真からですが、これはヴィーサル・ヴァレー地区の調査地の1kmほど東、Thari-Narro Road沿いの遊牧民のキャンプです。
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 簡単な柱を弦で固定し、葦で壁と屋根を葺いた小屋掛けです。
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 ちなみにこちらは、SALUの生物多様性保存センターに併設された植物園の葦。日本のものよりずいぶん背丈が高いです。2~3mは余裕であります。
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 ローカル名と学名。お、調べてみたら、日本の葦(ヨシ)とは違って、サトウキビ属なんですね。
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 このような円錐形の小屋も見られます。
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 円筒形の小屋もありました。一ヵ所にまとまって宿営しているグループなのに、小屋の形状がまちまちなのはなぜでしょう?
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 そして中には1軒だけ、立木を利用した本当に簡便な小屋もありました。
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 こちらは、棘だらけの灌木の枝を利用した家畜囲い。おもに子供の家畜を保護するために使われています。
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 小屋の中で休憩する遊牧民たち。
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 ここには結構な数の家族が集結しているようでした。
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 水を汲む子供たち。言うまでもなく、砂漠での遊牧生活にもっとも重要なのは水です。人間も家畜も、飲み水が必要ですから。かつては、遊牧民は水場をめぐって移動していたそうですが、ここに舗装道路が開通してからは道路沿いに多く集まるようになったそうです。水はトラクターで運んできて、そして家畜もトラクターで出荷するのだそうです。
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 砂漠の遊牧民は、おもに乾燥に強い山羊の畜群を連れています。このグループも。ほかに、ラクダ、牛などが飼われているそうです。
 また後ほど紹介しますが、ローフリー丘陵の東、ナラ低地に引かれたナラ運河沿いでの耕作地の拡大や、石油、ガス開発の進展による道路網の整備などで、砂漠地域の生活は急速に変化しつつあるそうです。
 この写真の中の遊牧民たちの多くも、トラクターやバイク(一番人気はホンダのCD70です)を所持し、携帯電話を持っている人も少なくないとか。
 これから、どんな風に近代化していくのでしょうかね?
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by asiansophia | 2012-04-05 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#16 フェイスブックでつながるパキスタン

 ちょっと横道。
 実は、期待の石器を次々見つけて興奮しているときに、砂漠の真ん中で思わぬ来客がありました。
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 写真右から2人目のシュマイルです。砂漠の真ん中まで、わざわざ私に会いに来てくれました(本当)。
 彼と、彼の兄弟のアルスランとは、今回が初対面でしたが、以前からSALUつながりということでフェイスブック上で友だちになってもらっていたのです。シュマイルは、この砂漠にスポーツ・ハンティングのための土地と施設を所有しているUAE(アラブ首長国連邦)の貴族(写真左から2人目)の下で、施設や動植物(もちろん野生)の管理の仕事をしています。砂漠には精通しているから、ハイルプールにきたらどこでも連れて行ってくれる、ということだったのですが、ちょうど、彼のボスがパキスタンに滞在する期間と重なってしまったので、結局この時しか会えませんでした。けれども、われわれがどのあたりで調査するのかを事前に聞いてくれていて、いろいろと便宜を図ってくれたのです。
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 というわけで、お昼前に出発してから昼食もとらずに水しか飲んでいなかったわれわれは、彼らのキャンプのひとつへ招かれました。
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 テントの中。絨毯が敷かれ、「チャルポイ」と呼ばれる簡易寝台が置かれています。それほど暑くないとは言え、やはり日差しが遮られるテント内は快適。
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 で、すっかりくつろぐマッラー教授(笑) チャイとビスケットなどをご馳走してもらいました。
 実はこの後、シュマイルがつめたい飲み物とかいろいろ用意してくれたらしいのですが、もっと砂漠の先に見に行きたいところがあったマッラー教授、ヴィーサル教授が出発してしまったためにすれ違いでした。残念。
 でも、今回は、事前にいろいろ情報を教えてもらったり、シュマイル、アルスランの兄弟にはお世話になりました。
 ちなみに、アルスランは3月半ばに新婚、シュマイルは子供が生まれたということで、おめでとう!!
 また、ハイルプールで会おう!!
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by asiansophia | 2012-04-04 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#15 ヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群へ(その4)

 パキスタン2012春場所、ヴィーサル・ヴァレー地区の旧石器時代遺跡、まだまだ続きます。
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 そもそも、なんでヴィーサル・ヴァレー地区の遺跡なのか、それは、これ、この石器なんです。
 以前から、SALUが刊行するジャーナルAncient Sindhに掲載されているレポート、あるいはマッラー教授が来日されたときの講演の際に紹介されていた写真を見て、「これは!」と思っていたのが、このエンド・スクレイパー(日本語では掻器とも表記しますね)です。およそ4~3.5万年前にはじまる後期旧石器時代―すなわちアフリカの外に現代人が進出し急速に広がっていった時代―の開始を象徴する石器のひとつと考えられています。ヴィーサル・ヴァレー地区には、このエンド・スクレイパーがきわめて多く分布しているようで、SALU考古学・人類学博物館にも多数展示されていました。しかも、大きめで厚手のやつ!!(マニアックですみませんが、分厚いことが重要なのです。この場合...)
 で、1時間半くらいの踏査と表面調査で、早速拾ってしまいましたよ。
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 こんな感じのブレイド・コアも一緒です。ますます高まる期待感(ごく一部にしか理解していただけないと思いますが...)。
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 ほらほら、また別のエンド・スクレイパーも...
 この日は、遺跡の概況、地形や景観の確認、そしてヴィーサル教授らの記録したGPS位置座標の正確さの確認が主眼だったので、資料採集自体はそんなに集中してやったわけではないのですが、まぁ、次々に素晴らしい、思い描いたとおりの石器が拾えるわけです。
 と言うことで、いたく興奮してマッラー教授、ヴィーサル教授とも意見交換してたわけですが...まぁ、その場でも3人以外にはまったく伝わらなかったでしょうね(涙)
 残念ながら、その瞬間を本人が写真に撮ることは無理だったのですが、同行していたKさんがパシャリと撮っていてくれました、のでちょっと拝借。
 出典は、こちらです(笑)
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 この後も、いくつかの地点を回ったのですが、私個人としては、もう心を決めてしまいました。エンド・スクレイパーをガンガン拾える地点があるのです。もう、そこしかない。
 ヴィーサル教授は、なら掘ろう、と言っておりますが、まずはその前に、今度はじっくりと表面調査をして、石器の組成や分布状況を確認しなければなりません。まだ4日目、あと8日は滞在できるので、順を追って取り組みましょう、ということで、明日、もう一度表面調査を行ない、その翌日は大学で資料の確認、その上で試掘をしてみよう、ということになりました。
 いやはや、「掘る」ところまで話が進むとは、まったく考えていなかったのですがね。まぁ、これも成り行きです。インシャラー。
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 ということで、急きょ、ヴィーサル・ヴァレー・プロジェクトの始動ですよ...でも、続きはまた次回。
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by asiansophia | 2012-04-03 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#14 ヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群へ(その3)

 さて、いよいよヴィーサル・ヴァレー地区の踏査、本編です。
 ここは、2000年以降、ヴィーサル教授に発見され、SALU考古学研究室が分布調査を続けてきた旧石器時代を中心とする遺跡群です。おもに中期~後期旧石器時代の遺跡で、前期旧石器時代まで遡る可能性のあるハンドアックスは1地点で表採されているのみ、中石器時代やインダス文明期の遺跡も少なく、一帯の中では特異な様相を示しています。
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 しかし、なんで発見者と遺跡名が共通するのか、疑問をもたれる方も多いことでしょう...と、すでにネタばれかもしれませんが...遊牧民がたまに通り過ぎるほかに住人のいないこの辺りは、細かく地名がつけられていないので、ヴィーサル教授やマッラー教授のビッグ・ボスであり現SALU副学長のマダム・ニローファー教授が、「発見者の名前付ければいいんじゃない」というノリ(?)で名づけられたのだそうです。はい、予想通りの展開ですみません(写真は、遺跡にたたずむヴィーサル教授)。
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 では、いよいよ踏査開始。舗装道路から外れて砂漠に乗り入れた車が到着したのは、砂丘間の凹地にある第2地点、第3地点付近です。ASTER-GDEMにもとづくと、凹地底部の標高はだいたい35~40m程度。見ての通りフラットですが、これは基盤の石灰岩が露出しているためです。
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 そして地表面には、石灰岩の礫とチャートの原石、石器が入り混じって分布しています。
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 砂丘上の地点とは異なり、明確な集中部を見出すことは難しく、また採集される資料もほとんどが石器製作の際の副産物ばかり。整った石核や、石刃など、そして道具としての石器はほとんど見当たりません。チャート原石の採取と、一次的な打ち割りを集中して繰り返し行なった、いわゆる原産地遺跡的な性格を有するのだと思われます。
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 基盤が露出する地点を離れると、地表面は柔らかな砂に覆われるようになります。この砂は、おそらく風により頻繁に移動を繰り返しているものでしょう。
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 砂地の表面は、季節的な降雨によりえぐられている部分があります。
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 そして砂地の範囲は、基盤が露出している範囲より植生が繁茂しています。
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 その砂地に、石器がばらばらと散布している地点があります。
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 こちらは、砂丘をだいぶ登った中腹付近の地点。
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 比高差70mほどの砂丘を登り切ったあたり。
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 遺物を探す、マッラー教授とKさん。ただし...
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 見ての通り、石器自体は体をかがめて探すまでもなく、いくらでも落ちています。探しているのは「いいもの」(笑)。
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 砂丘頂部の第66地点にたたずむマッラー教授。
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 また別の、砂丘中腹の第75地点。
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 一帯には、これまでに100以上の地点が確認されてます。ので、まさに犬も歩けば石器に当たる状態。
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 と言うわけで、この日ばかりは石器に興味のない(失礼)Kさんも、思わず拾ってみたりするのでした。
 で、何が見つかったのか? については、また次回。
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by asiansophia | 2012-04-02 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#13 ヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群へ(その2)

 ちょっと間があきましたが、パキスタン2012春場所再開です。第3日目、ヴィーサル・ヴァレー地区の踏査と表面調査の続きですが、その前に、地理と地形について少々。まずは前回のDEMに続いてランドサット画像をご覧下さい。画像データは、米・メリーランド大学のGLCF(ESDI)サイトで無料ダウンロードできるものを利用(TM GLS-1990)、カシミール3Dを使用して作成しています。カシミール3Dでランドサット画像を使用する方法は、ホームページ、または『カシミール3D パーフェクトマスター編』『フィールドワーカーのためのGPS・GIS入門―フィールドにGPSを持っていこうGISで地図を作ろう』などをご参照ください。
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 さてこの画像では、カシミール3Dの「ナチュラルカラー」設定を使用しています。近赤外線のバンド4をRGBカラーのGに対応させているので、植生範囲が鮮やかな緑色で表示されています。で、左側の緑の範囲がインダス平原。くねくねと黒い帯はインダス川旧流路跡の湿地です。右側の細い帯はナラ低地です。中央の白い範囲はローフリー丘陵~タール砂漠の植生が希薄な範囲。より白が強いのは基盤の石灰岩が露出している範囲で...
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 現地の景観はこんな感じ(コート・ディジー~チョーンディコ間のNara Road沿い)。
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 またはこんな感じ(シャデー・シャヒード東方の丘陵頂部、2007年撮影)。地表面は、ひたすら露出した基盤岩と、それが風化してできた礫に覆われています。土壌はほとんどない(風と、わずかな降雨で洗い流されてしまう)ので植生もほとんど見られません。ただし谷底には土壌がわずかにあり、乾燥に強い灌木などが見られます。
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 丘陵を構成する基盤層は東に向かって傾斜しており、ナラ低地に近づくと砂丘砂に覆われはじめます。季節的な降雨があるので、若干の植生が見られます(Nara Road沿い、チョーンディコの手前付近)。
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 また基盤層は南側にも傾斜しており、丘陵の南縁沿いでは周囲との比高差がほとんどなくなります(丘陵南部カンダルキー地区の東方15km付近)。
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 これに対して、ヴィーサル・ヴァレー地区は、このとおり、見渡す限り一面の砂、砂、また砂...まさに砂漠です。
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 ちゃんと気温計で測ったわけではないのですが、この日(2/22)はたぶん30度までは行かなかったでしょう。肌寒い風も強く、砂漠の踏査には適していたと言う感じです
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 ところで地形が大きすぎて写真ではなかなか伝わりづらいと思いますが、決して平らな地形ではありません。と言うよりもむしろ、ものすごいアップダウンです。長軸1.5~2.0km、短軸0.8~1.5kmくらい、比高差30~70mくらいの巨大な砂丘が1~2kmおきに並んでいるのです。
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 砂丘の高まり、何となく分かりますか?
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 DEM(ASTER-GDEMを利用)でみるとこんな感じ。茶色い部分が砂丘、緑の濃い部分が砂丘間の凹地です。なお、赤い点は、ヴィーサル教授、マッラー教授らのこれまでの調査で記録されている遺跡(地点)です。
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 砂丘上には、タマリスク類などの灌木などが点在しています。
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 このような感じの、棘棘しい、いかにも砂漠っぽい草とか。
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 本当に棘が痛い灌木とか。これは、うっかりタオルを引っ掛けてしまったのですが、こまかな針のような棘が繊維に絡んでしまい取り除くのに難儀しました(思わず、タオル捨ててしまおうかと思ったくらい...)。
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 これは多分、寄生植物ですね。現地の人にも珍しいらしく、しきりに写真を撮れと薦められ、また彼らも一生懸命写真撮ってました。この季節(冬~春先)にしか見られないみたいです。
 また今回は季節違いでしたが、砂漠にもキノコがいろいろ生えるらしく、マッラー教授などはそのキノコを採って食べるのが趣味なんだそうです。ぜひ、次回、機会があったら試してみたいものです。
 こんな景観の中を、2時間ちょっと歩き回ってきたのですが... なんと、そこらじゅうに石器が落ちているのです!!!
 と期待だけさせておいて、続く。
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by asiansophia | 2012-04-01 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#12 ヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群へ(その1)

 さて、いよいよ第4日目(2/22)です。お待ちかね(の人は数限られてると思いますが...)砂漠の中の旧石器時代遺跡へGo!です。
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 出発前に、本日の装備。左から、デジカメ(Pentax ist*DS2:6年目)、ノートPC(ASUS EeePC1015PX:安さと軽さ(1.1kg)、バッテリー駆動時間の長さだけが取り柄)、ポータブルGPS(Garmin Oregon550)。PC画面に映っているとおり、マッラー教授、ヴィーサル教授らがこれまでの調査で記載してきた遺跡・地点の位置を、地図(ここではランドサット画像)に投影、これを切り出してGPSに流し込み、現地で歩きながら位置を再確認・同定し、さらに必要に応じてDEM(今回はASTER-GDEMを使用)と照合して地形を確認しようという試み。具体的な手順と結果はまた後ほど。概略を知りたい方は、まずはこちら(『フィールドワーカーのためのGPS・GIS入門』)をお読みください。
 さて、この日はマッラー教授だけでなく、ヴィーサル教授やマダム・タスリームほか、研究室・博物館スタッフ総出で朝イチで出かけようということでしたので、9時半(これでも朝イチ)には博物館に行ったのですが、案の定、まだ誰もおらず... そのうちにマダム・タスリームが登場、チャイをいただこうとしているところでようやくヴィーサル教授も登場。結局、なんだかんだで出発の準備が整ったのは11時頃でした。でも、気にしない、気にしない(笑)
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 当日の行程は、ざっとこんな感じ。前日に訪れたコート・ディジーの町をはるかに過ぎて、丘陵の南端に回りこんで砂漠に入ります。ASTER-GDEMを用いたDEM図ですが、三日月形の擬バルハン型(Barchanoid)砂丘列の形状が分かるかと思います。
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 コート・ディジーの町を過ぎてさらに南で、インダス川(またはその支流)の旧流路に残された湿地。インダス川の流路変遷については3/19の記事でも触れていますが、衛星画像や遺跡分布との関連についてはまたそのうちにまとめます(たぶん)。
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 こちらは、コート・ディジーの南西のクムバート(Kumbat)の町。ここから、ハイウェイを外れて、ターリ・ミルワー(Thari Mirwah)へと向かいます。
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 ひたすら、まっ平あんど小麦畑orパーム椰子畑orバナナ畑。
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 ターリの町は、タール砂漠の西縁にあたり、ハイルプール運河から枝分かれしたミルワー運河が町の中央を南北に流れています。人口は(たぶん)1万人くらい(ヴィーサル教授談)。ミルワー運河の灌漑水利による農業が中心の町です。
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 ターリーの町の東にも旧流路跡の湿地がありました。これらの湿地は季節的に水位がかなり変動するようです。マッラー教授いわく、現在ではこれらの湿地は農業用水には利用されないとのこと。利用されているのは、すべて灌漑用運河およびその分水なのだそうです。
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 ターリの東は、美しい小麦畑が広がっています。でも、Google Mapの衛星画像を見ると、もう砂丘列の間なんですね。リンク先(別窓)の地図の左にThari Mirwahの町があり、Thari Naro Rd.を東へ向かっているところです。ミルワー運河からの分水が到達している範囲は、どんどん耕地が開かれて新たな村ができているとのことです。
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 護衛のアブドゥル・カディールとムバーラク。この日は、マッラー教授、私と同じ車だったので少々お静か...ですが、地元の皆さんやKさんと同じ車のときは、まぁにぎやかだったそうです(笑)。
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 そして、いよいよ道端も砂っぽくなってきました。
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 緑の畑の向こうには、砂丘(高さ30~50mくらい)が見えてますね。
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 2012年時点でもっとも東に開かれた村と耕地を過ぎると...
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 そこはもう砂漠です。なお、最近(ここ2、3年のうち)、きれいな舗装道路が整備されたので車で簡単にアクセスできるようなりましたが、それ以前は、4WDかトラクター、ラクダでないと行き来が容易でなかったと言うことです。
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 このあたりの砂丘は、幅1km、高さ50~70mくらいの三日月形か、それがいくつか連なった形状のものです。少なからず植生がありますが、基本的には遊牧民以外は生活していません。
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 そんな砂漠の一角に、お目当てのヴィーサル・ヴァレー地区遺跡群があるのですが...
 以下、次回。
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by asiansophia | 2012-03-27 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#11 コート・ディジー遺跡

 2012年パキスタン調査旅行2月場所報告、第11回目にしてまだ3日目です。
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 前回まで2回にわたって紹介したコート・ディジー城。現在のハイウェイ側から見たところ。
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 そしてハイウェイを挟んで反対側に、コート・ディジー遺跡があります。
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 マウンドの規模は130×100m、一見するとあまり大きく見えませんが、1955年にF.A.ハーンにより実施された発掘調査により、基盤まで10mの堆積中に16層が識別され、先インダス文明期(コート・ディジー文化期)からインダス文明期までの変化が層位的に確認されたことで、インダス文明の成立過程を考える上でもっとも重要な遺跡のひとつとなりました。
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 なお、マウンド部だけでなく、その東~南東裾、ちょうどマウンドとコート・ディジー城の立地する丘の間にもローワー・タウンと呼べる遺跡が広がっているようです(マッラー教授談)。
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 一方、遺跡の北~西はインダス平原の沖積低地です。
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 北側の発掘トレンチ跡。マウンドの裾部は石積みでいちおう補強されているようです。
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 上段にもかなり石積みが見えます。シンド州のインダス平原部は石材に乏しいため、インダス文明期の建物は、ほとんどが日干しレンガか焼成レンガ積みです。しかし、ここコート・ディジー遺跡では石灰岩がかなり多用されています。もちろん、この石は、遺跡の目と鼻の先、ローフリー丘陵でふんだんに入手可能なのものです。そして現代でも、建築用の石材はほとんどがローフリー丘陵から切り出されて平原部の都市、町へとトラクターやトラックで運ばれています。
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 石積みと、トレンチの壁に残された堆積。トレンチ壁の穴は、鳥の巣穴...
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 そしてマウンド上にはびっしりと土器片が...
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 マウンドの最上部で写真を撮りまくる(?)Kさん。残念ながら、発掘調査後に埋め戻しがなされず、なんら保護の措置がとられていないので、トレンチ壁は鳥の巣穴だらけ、崩落し放題、侵食が進んでいます。ちなみにマウンド部の状況は、GoogleMapの衛星画像からも確認できます。
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 というわけで、16層のうち最上部はこれしか残っていません。再発掘、再検証をしようにも、これでは...
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 こちらはF.A.ハーンによる主要発掘区側。ここでも、トレンチの掘削が及んでいる範囲は、その後のダメージも相当です。マッラー教授らは、再発掘を実施するとともに地元(ハイルプール県)とも協力して博物館を建設したいと考えているようですが、果たして...でも、実現に向けてできることをはお手伝いしたいところです。
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 そして再発掘に向けて気になるものがこちら...遺跡のほぼ全周で観察される炭の層です。いったいこれは...???
 ハラッパー式土器やら、腕輪やら、ビーズやら、とにかく、ちょっと歩くと色んなものが拾えてしまいます。それだけ、包含層が浸食されて重要な記録が失われ続けていると言うこと。何とか、手を打たないといけない状況です。
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 そんなシビアな状況を語り合いつつ(?)記念撮影。Kさん、マッラー教授、護衛のアブドゥル・カディール(左)とムバーラク(右)。
 この日は夕方に大学(SALU)に戻りました。
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 で、夕飯はまたしてもチキン・カラヒとサブジでした。でも、美味いので食べ過ぎ気味。
 さて次回はいよいよ第4日目、砂漠の旧石器時代へ向かいますよ。
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by asiansophia | 2012-03-26 20:00 | PJAM2012

PJAM2012#10 歴史の街コート・ディジーその3

 前回に引き続き、もう一度、コート・ディジー城です。西側、つまり現在のハイウェイ側から見た全景。まさに、壁です。
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 コート・ディジーの町は、この背後(東側)にあります。平地部分には、かつて泥レンガの城壁が築かれていたそうです。
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 そしてコート・ディジーの町は、城下町らしい細く曲がりくねった路地のあちこちに古い建物が残り、歴史を感じさせてくれます。ハイウェイ沿いのにぎやかな町並みとは違った味があります。
 先に紹介したシーシュ・マハルなどとあわせて保存・整備を進めることで、観光や歴史教育のセンターになり得るのではないか、とマッラー教授は構想しています。
 しかしながら、ここもまた、さまざまな問題に直面しています。街道沿いの新しい町ほどではないにしろ、やはり古くなった建物は新しくしたいのが人情、町並みを保存するためには、それなりの計画と住民への配慮、支援が不可欠でしょう。
 そして何より、歴史的景観の中核となるコート・ディジー城の保全が最大の課題です。
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 これは低層部、城門のすぐ脇の城壁。基部に染みのように見えるのは、雨季に水が漬いてしまった範囲です。基本的にはほとんど雨の降らない地域ですが、雨季には集中的に雨が降ります。排水施設が整備されていない城内は、プールのようになってしまうのだそうです。
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 そしてもう一つ、地下水に含まれる塩分が毛細管現象で地表へ、そして城壁のレンガへと吸い上げられ、城壁にダメージを与えます。
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 保存状態がよいところは、こんな感じで精巧なレンガ積みを観察することができます。
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 ところがダメージを受けた箇所は、基部から崩壊してしまうのですね(マッラー教授撮影)。
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 城壁の上にも崩落している部分があります(マッラー教授撮影)。
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 とくに最上層部はダメージが大きく、ところどころで修復の努力がなされていますが、付け焼刃です。復元が不十分だったり、オリジナルとは異なる素材(コンクリートや石)などを使用している箇所もあります。考古学や建築史などの専門家の調査と監修にもとづく保存処置、復元修復が必要です(2007年撮影)。
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 こちらは、城門脇にある穀物倉庫。写真左側のドーム状の建物がそうなのですが...1基はドーム天井が落ちてしまっています。あと2基あるのですが、これも何らかの処置をしないと近いうちに崩落してしまう危険があります(2007年撮影)。なお、これらの穀物倉庫の現状は、Google Mapでもはっきりと見えます。
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 ふたたび、城壁の上から見たコート・ディジーの町。左側の池のさらに左(画面外)にシーシュ・マハルがあります。遠景には、小麦とパーム椰子の畑の緑、さらに彼方にローフリー丘陵。乾き切った砂漠と緑のコントラストが織りなす風景はなかなかのものです。サッカル空港から1時間ほど。絶好の観光スポットにもなると思うのですが。

 さて、この後は城を下りて、コート・ディジー遺跡を見学しました。詳細は次回。
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by asiansophia | 2012-03-25 19:45 | PJAM2012