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カテゴリ:India2011( 23 )

インド滞在記2011 記事一覧: India2011 list of articles

 帰国から4ヶ月近くたって、ようやく全行程の1/3です。しかも「後ほど」と後回しにしてきたことが山積という...自分でも、何を書いて何を書いていないのか分からなくなってきたので、いったん過去記事を読み直して頭の整理(2011/08/03)。
 この後、Haryana編のまとめ、第2部Siwalik前期旧石器編、第3部Pune編へと続きます(予定)

過去記事一覧
プロローグ・Delhi編/ Prologue in Delhi
  インド調査旅行(予報) A brief report from India 2011-03-04
 インド滞在記2011 その1: India 2011 Part1 2011-03-05
 インド滞在記2011 その2: India 2011 Part2 2011-03-07
 インド滞在記2011 その3: India 2011 Part3 2011-03-07

第1部 Haryana編/ Ch.1 Haryana excursion and Kalibangan
 インド滞在記2011 その4: India 2011 Part4 2011-03-07
 インド滞在記2011 その5: India 2011 Part5 2011-05-05
 インド滞在記2011 その6: India 2011 Part6 2011-05-08
 インド滞在記2011 その7: India 2011 Part7 2011-05-08
 インド滞在記2011 その7のおまけ: India 2011 Part7 supplement 2011-05-09
 インド滞在記2011 その8: India 2011 Part8 2011-05-12
 インド滞在記2011 その9: India 2011 Part9 2011-05-14
 インド滞在記2011 その10: India 2011 Part10 2011-05-17
 インド滞在記2011 その11: India 2011 Part11 2011-05-24
 インド滞在記2011 その12: India 2011 Part12 2011-05-27
 インド滞在記2011 その13: India 2011 Part13 2011-05-28
 インド滞在記2011 その14: India 2011 Part14 2011-05-30
 インド滞在記2011 その15: India 2011 Part15 2011-06-02
 インド滞在記2011 その16: India 2011 Part16 2011-06-02
 インド滞在記2011 その17: India 2011 Part17 2011-08-01


その他/ other
 インド滞在記2011 途中経過@デリー:India 2011@IGI Airport Delhi 2011-03-06
 インド滞在記2011 途中経過@プネー:India 2011@Pune 2011-03-07
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by asiansophia | 2011-08-03 14:38 | India2011

インド滞在記2011 その17:India2011 pt.17

a0186568_18575422.jpg 気がつけば2ヶ月ぶりのインド滞在記です。いったい、いつまでダラダラやるのか、というところですが、このあと、Siwalik編、Pune編と続きます。ご寛恕のほどを...
 さてどこまで進んだのかと過去記事を読み返すと...まだ3/2でした。ということで、Kalibangan博物館の正門です。インダス文明の象徴ともいえるコブウシと水牛のシルエットがお出迎えです。
 左の門柱には英語の看板、右の門柱にはヒンディー語ほかの看板がかかっています。

a0186568_19112554.jpga0186568_1913275.jpg








a0186568_1916663.jpg

 こちらは博物館の玄関。後姿はインドで修行中のK先生とT大のK先生。その先にいるのは、インド留学中のKさんとデカン・カレッジのNarederさんです。
 博物館は一部展示を改装中でしたが、主要な遺物は見ることができました。とくに、私にとって大事な、例のチャート製のコアと石刃も!!

a0186568_19191898.jpg



 博物館の裏が遺跡です。もう、すっかり夕暮れ時でしたが、Kalibanganのマウンドに登ってきました。

a0186568_19222353.jpg



 Haryanaの遺跡とは異なり、細かな砂に覆われています。足元に見える模様は、遺構の痕跡ですね。

a0186568_22381389.jpg



 Citadel(城塞)と呼ばれている西側のマウンドを遠景に、デカン・カレッジのNarenderさん。

a0186568_19251783.jpg



 砂地をしばらく進むと、マウンドの手前あたりからは大量の土器片が散布しています。

a0186568_19282026.jpg



 マウンドは、やはりとても大きかったです。Rakhi Garhiの方が大きいのですが、現代の町に阻まれて全貌を捉えることができません。一方のKalibanganはマウンドの周囲を含めて保護されているので、全体が見渡せます。

a0186568_1930634.jpg
 しかし大きくて高いマウンドは、やはり侵食も進みますね。植生被覆もほとんどないので、雨が降ると削られていく一方なのでしょう。そして麓に土器だまりができていくのかと...

a0186568_22452368.jpg




 深い溝はトレンチの跡でしょうか。
 ここでは1959年以来、数次にわたる発掘調査が行われ、インダス文明期の下層から文明以前の文化期(Kalibangan I期)の文化層が発見されました。

a0186568_19325991.jpg
 文明期(II期)には、東西2つのマウンド上に都市が成立していたようです。
 こうしてみると、ただの禿山にしか見えませんが、インダス文明研究において非常に重要な遺跡なのです。
 左の写真は、西のマウンド上から、東側のマウンド(市街地)を臨んだもの。

a0186568_19362735.jpg


 東西2つのマウンドの間。
 遺跡は、先に紹介したGhaggar涸河床の南岸に位置しています。このため、かつて豊富な水量を湛えていた大河Ghaggarの畔に栄え、地殻変動または気候変化によりその水流が途絶すると都市も衰退した、とされてきました。
 しかし最新の研究では...これについては、また後ほど。

a0186568_2321850.jpg 最後に、博物館前に戻って記念撮影。左から、インドで修行中のK先生、T大のK先生、インド留学中のKさん、デカン・カレッジのNarenderさん、われらが運転手Sonu Hooda(一番右は、勝手についてきて勝手に写真に写っている地元のお兄ちゃん)。
 さて、この時点でもう19時。しかしこれから、一路Rohtakまで戻らなければなりません。ふたたび、大旅行です...

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 帰路は、遺跡から東南東へRajasthan州内を進み、Rawatsar、Nohar、Bhadraを経て、HissarからRohtakへと戻りました。
 写真は、遺跡の南で車窓から見た砂丘。麦畑の中に点在しています。

a0186568_238664.jpg

 Rajasthanに沈む夕日。Rohtakに帰り着いたのは、日付けが変わってからです。
 早朝から深夜まで、ガイドを買って出てくれたNarenderさん、そして連日のロング・ドライブにもかかわらず無事故で運転手を務め上げてくれたSonu Hoodaの2人には、心から感謝!

(遺跡の位置はこちら:Googleマップ。マウンドとGhaggar川の流路も分かります。)


2,Mar (continue from former post). Visiting Kalibangan Museum and the site.
photos
# 1: frontal view of Kalibangan Museum
#2,3: the entrance gate of the Museum
# 4: main building of the Museum
# 5: the site is just behind of the Museum
# 6: beside the Museum, sandy soil and trace of remains on surface
# 7: Mr.Narender Singh Parmar, in front of the western mound (so-called Citadel)
# 8: surface is covered with potsherds
# 9: walking on potsherds to the western mound
#10: both mounds are heavily eroded
#11: eroded and buried former excavation trenches...
#12: the eastern mound, view from the top of Citadel
#13: between two mounds
#14: memorial photo in front of the Museum, Prof.Kubo, Prof.Kondo, Ayumu, Narender and our driver Sonu Hooda
#15: sand dune remains in wheat field
#16: sunset in Rajasthan plain
Then we returned to Rohtak. It was so long drive...we arrived in midnight at last... thank you Narender for kindly attendance and Sonu Hooda for long driving!

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by asiansophia | 2011-08-01 19:38 | India2011

インド滞在記2011 その16: India 2011 Part16

a0186568_2153212.jpg お昼前にBanawali遺跡を発ち、一路、Kalibangan遺跡を目指します。
 途中、まっ平らに見える平原の中にゆるやかな起伏があったりします。ガッガル川をはじめとするHaryana平原の河川は、きわめてゆるやかで浅い凹地の中を流れているようです。

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 NH10を西へ進み、Sirsaという街へ。そこからHanumangarhへ向かいます。Rajasthan州に入ると、地形はさらに平かになって、ちょっと乾燥した感じ。
 途中、道の状態がかなり悪くなったりして、われらが運転手も苦戦中。(Banawali~Sirsa~Hanmangarh~Kalibanganのルートの概要はこちら

After visiting Kunal and Banawali sites, we were heading to Kalibangan site, about 200km distant from northern Haryana.
We were driving through Haryana Plain, fertile and very flat landscape. Sometime we saw small slope and depressed ground such as flood plain of remnant rivers in this region (photo#1). I think that geomorphological and hydrological setting and development of irrigation system is must investigated issue on Indus Archaeology in this region.
Anyway our taxi ran on NH10 west to Sirsa, then split to local road to shortcut for Hanumangarh. Landscape was change into more arid condition in Rajastan (photo#2).

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by asiansophia | 2011-06-02 23:25 | India2011

インド滞在記2011 その15: India 2011 Part15

a0186568_23511361.jpg 引き続き、3/2の旅をお送りします。
 Kunal遺跡の次は、Bhirrana遺跡へ。2003~2005年にかけてインド政府考古局(ASI)による発掘が行なわれました。インダス文明成立以前から文明期までの時期の遺構・遺物が出土している遺跡です。
 ここは、比較的マウンドの残りが良いようですね。
 写真は、車から降りるなり写真を撮りまくっているインド留学中のKさんと、インドで修行中のK先生のGPSユニットをかざして衛星電波を受信中?のNarederさん。

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by asiansophia | 2011-06-02 00:43 | India2011

インド滞在記2011 その14: India 2011 #14 Importance of Kunal material

a0186568_23251046.jpg 前回の予告では、Kunal遺跡に続いて訪れたBhirrana遺跡を紹介することになっていましたが、その前にちょっと、Kunal遺跡について補足。
 前回ご紹介したとおり、このKunal遺跡では、インダス文明に先行する時期の集落跡が発掘されているのですが、そこから、きわめて重要な遺物が出土しています。写真は、Haryana州考古・博物館局による発掘調査概報*の表紙です。以下、同概報から、発掘調査の成果について簡単に紹介しましょう。

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 すっかり浸食・崩落が進んでしまった発掘区の、ありし日の姿。
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 こんな具合に各時期の遺構が検出されているのですが、もっとも古いIA期の遺構は、最下層にあるだけに検出数も少ないですね。しかしここから、斧、鏃、腕輪などの銅製品や、Rakhi Garhi遺跡と同じような、遠くRohri Hillsに産出するチャート製の石刃が出土しています。
 そしてきわめつけが...多量のビーズが収められた埋納土器です。
 概報によると、土器の中に収納されていたのは、3,370点の紅玉髄(カーネリアン)、2,860点の凍石(ステアタイト)、5,690点のラピス・ラズリ、487点の貝、92点のメノウなど、計12,445点ものビーズ!!a0186568_23421198.jpg






出土したビーズの一部。


 参考までに、現代のビーズ職人、パキスタン・ペシャワール在住のAbudul Momin Turkmenさんの工房の作品の写真も掲げておきます。a0186568_23472137.jpga0186568_2347974.jpg












 左の写真のようにネックレスやブレスレットに仕立てられていたのか、右の写真のように素材としてのビーズが収められていたのかは定かではありませんが、当時はこんな感じの色鮮やかな「宝物」だったのではないでしょうか?

 さて、これらのビーズの素材となる準貴石のうち、ラピス・ラズリは現アフガニスタン北東部Badakhshanン州(Kunal遺跡から直線距離で約900km)をおもな産地とし、カーネリアンはインド西部Gujarat州(同約900km)がおもな産地です。ステアタイトの産地は、比較的近くはヒマラヤ山脈前縁のJammuあたり(それでも約450km以上)、または現パキスタンのKybar Pakhtonkhwa州(同約700km)などにあります(ステアタイトの産地の詳細はこちら)。
 つまり、都市文明の前段階から半径900kmにも及ぶ範囲から、準貴石やチャート、そして可能性として海産の貝類までの資源が、広域に集められているのです。
a0186568_0104780.jpg そしてもう一つ、四角く、コブウシなどが描かれるインダス式印章とは異なるタイプのこの印章は、遠く、現パキスタンKybar Pakhtonkhwa州にある、Rehman Dehri遺跡から出土したもの(右下)と共通するモチーフですね。
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 しかしながら、土器の様相は広域的な統合をまだ示さず、地域的であるとのこと。どうやら、文明期に見られる地域間の統合の前段階に、物資の流通を通して緊密な地域間のつながりが成立しているようです。
 そしてそのつながりの中に、Rohri Hills産チャート石材と、そのチャートで作られた石刃の流通が組み込まれているようなのです。

 ということで、4ヶ月以上前に(続く)としたまま放置の、パキスタン・ペシャワールでのお仕事と、今回のインド訪問の間が、ようやくつながるのですが... さて、この続きはいつになることやら...



Kunal excavation by Dept. of Archaeology & Museums, Haryana delivered important material for considering the formation process of Indus Civilization.
One of most important finding is...hoard of semi-precious stone beads, unveiled from buried pottery, including 3,370 carnelian, 2,806 steatite, 5,690 lapis lazuli and so on.
This indicate long-range transportation, exchange network in the Early Harappan phase. Lapis lazuri might be brought from Badakhshan (Afghanistan), 900km distant in NNW of Kunal site. Carnelian might be brought from Gujarat, 900km distant in SSW of the site. Estimated steatite sources are either near Jammu (450kM) or around Peshawar Basin (700km) (about steatite sources, see Randall Law's work).
A steatite seal with 2 deers and geometrical pattern from Kunal site is similar with ivory seal from Rehman Dehri site in Gomal Plain (Kybar Pakhtonkhwa, Pakistan). Both sites are 600km distant. Those evidences suggest connection among broad area including NW India, most of Pakistan and a part of Afghanistan, at least. This area is almost same as territory of latter Indus Civilization.
Otherwise, pottery studies elucidate regional tradition in each area. It means that... before wide integration and unity of Civilization, there were regional societies connected distribution network of supplies. Production and transportation of Rohri chert blades might already be a part of such network, before Civilization.
This is the my primary stand to investigate lithic technology in the formation process of Indus Civilization.

* Acharya, M.(2008) Kunal Excavations: new light on the origin of Harappan Civilization. Department of Archaeology and Museums, Haryana.31p.
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by asiansophia | 2011-05-30 23:51 | India2011

インド滞在記2011 その13: India 2011 Part13

a0186568_0214993.jpg 朝食を挟んでRohtakから約2時間半、最初の目的地であるKunal遺跡へ到着しました。Rohtakからここまで、直線距離で約120km、道なりだと150kmちょっとでしょうか。Punjab州との州境に近づいています。
 そして、前日に見て回った遺跡と同じく、周囲は、ほぼまっ平で、コムギとアブラナの畑が広がっています。


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 ここは比較的小規模な遺跡ですが、インダス文明に先行する時期から文明期への移行期までが層位的に確認されたことで注目されています。発掘調査はHaryana州の考古・博物館局により、1985年以降、数次に渡って行なわれました。現在では、フェンスで囲われて保存が講じられています。

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by asiansophia | 2011-05-28 01:01 | India2011

インド滞在記2011 その12: India 2011 Part12

a0186568_23423141.jpg さて3/1は4つの遺跡を見て回りましたが、翌3/2は、さらに多くの遺跡を、そして遠くの遺跡を見て回りました。そのためには、出発時間も早朝、日の出前です。
 実は、前日(3/1)も早朝に迎えに来るようにドライバーに言ってあったのですが、見事に遅刻しました(6:30のリクエストに対し、登場したのは7:30...)。ところが、翌日(3/2)は張り切ってリクエスト通り5:30に登場です。しかも、テンション高め...

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 本日は、地元Rohtak出身のMDU(Maharishi Dayanand University:ローフタク大学の正式名称)の院生Narender Parmarさんに道中の案内をお願いすることになっています。よって、公式には5人乗りの車中に、ふたたび6人すし詰め...
 それはともかく、朝もやの中をわれわれの車は一路北を目指します。

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by asiansophia | 2011-05-27 23:59 | India2011

インド滞在記2011 その11: India 2011 Part11

a0186568_2024218.jpg Rakhi Garhi の大セクションの前で、私たちは「遺跡の番人」Wazir Chand Saroaeさんにお会いしました。Rakhi Garhiの町に暮らし、長年遺跡の保護と、露出してしまった遺物の回収・収集に尽力されてきた方なのだそうです。
 このWazirさん、なんとScience誌の特集記事にも載ったことがあるのです!

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 大セクションの背後に回りこんでちょっと歩くと、Wazirさんのお宅です。
 お茶をご馳走になりつつ、最近紹介された新聞記事や、博物館に収蔵された貴重資料のことなどを、Dr.Shindeが解説してくれます。

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 そしていよいよ御開帳!!
 部屋の中央に置かれた小さなテーブルの上に、次々に素晴らしい遺物が並べられます。

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 ほぼ完形の土器を手に取るDr.Shinde。

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紅玉髄(カーネリアン)のビーズ!!



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 ごく一部のマニア向け...これは、隣国パキスタン・シンド州北部のRohri丘陵で産出するチャート製の石刃。石材の産地からここRakhi Garhiまでは、なんと直線距離で780km以上も離れているのです!!こちらを参照
 なおこの石刃は金属製の押圧剥離具を用いて生産されていることが、フランスの研究者たちにより解明されています。

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 チャートの超円礫。いったい、どこから持ってきているのでしょうか?

 Wazirさんは結構有名人で、旅行者向けのガイドブックにも載っているくらいだそうです。芳名帳には有名な研究者が名を連ね、その中には日本人の名前も...と思ったらなんと、学生時代のKさんの名も...

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 貴重な資料をたくさん見せていただいた後は、ご家族とともに記念写真。
 Dr.Shindeいわく、遺跡に情熱を注ぐWazirさんは変わり者扱いされ、とくに遺跡が町の開発を阻害していると感じている住民の反発を買うこともあるそうです。
 いろいろ大変なことも多いと思いますが、放っておけば散逸してしまう貴重な資料を守り続けるその情熱は、必ずや世界中に認められるはずです。これからも、がんばってください。

 最後に、Wazirさんが記事になった「インダス文明を解明する:Unmasking Indus」特集が掲載されたScience2008年6月6日号の表紙とWazirさんの写真。同特集号には、Dr.Shindeも載っていますよ。

We have visited the residence of Mr.Wazir Chand Saroae, the friend of archaeology and guardian collector of Rakhi Garhi site. In his room, we have a chance to observe his splendid collection including Harappan ware, carnelian beads and Rohri chert blades...all incredible!!!
He is very famous man and once reported by Science(Unmaskin Indus issue, 6 Jun 2008).
We all appreciate to Mr.Wazir and his family sincerely.

a0186568_211381.jpg そして長かった3/1の巡検も無事終了。Karsolaのキャンプに戻った時には、もう真っ暗でした。写真は、出迎えてくれたデカン大助手(Assistant Prof.)のKanti PawarさんとDr.Shinde、そしてインド留学中のKさん。
 なお翌日は、もっと移動しましたよ;;

At last we have backed Karsola camp in late evening. It was so long one-day trip, but shorter than next day's journey to Kalibangan :-)
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by asiansophia | 2011-05-24 21:12 | India2011

インド滞在記2011 その10: India 2011 Part10

a0186568_044088.jpg 引き続き、Rakhi Garhi遺跡です。
 マウンドを下りて、町中を歩いていくと...
 正面は、また別のマウンド、現代の町に覆われています。
・Rakhi Garhi, moving to another mound overlapped by the modern town.

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 そして家々のあいだに見えたのは... 大きな壁、ではなくて切り通しでした。現代の町によって、マウンドがすっぱりと切り取られ、断面が見えているのです。

・There is a large section cut by the modern town development.

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 近づくと、こんな感じ。ぼつぼつあいているのは、鳥の巣穴です。よく見ると、在室中のところもちらほら...

・Close picture of the section, there are a lot of hollows... birds' nests.

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 さらに寄ってみると...
 何枚かコンクレーションの層が見えます。床面の後なのでしょうか?
・Detail of stratigraphy on the section. Some concretion layers may indicate buried floors of settlement.
 
a0186568_1122663.jpg そしてここで、インドで修業中のK先生に重要な指摘を受けました。コンクレーション層の上下には、多数の土器片・遺物を包含する層が成層していますが、その下位に、シルト~砂のラミナを含む堆積が見えます。流水による堆積物でしょうか? 心なしか、包含
a0186568_1123348.jpgされている土器片も円磨されているように見えます。
 しかしこのレベルでも、遺跡周囲の平地よりは若干高いのです。この堆積、どこからのどのようなメカニズムで生じているのでしょうか? マウンドの基底部付近のようなので、遺跡の立地と形成の初期を考える上で非常に重要な手がかりとなりそうです。
・Prof.Kubo pointed out that there are characteristic silty sandy sediments in lower part of this section. It seems as fluvial sediments. If so, this is very important to understand early phases of formation process of the site.
How did those sediments formed, from where and by what mechanisms? Were there any flood at early phase of the settlement? That is the question...

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by asiansophia | 2011-05-17 01:30 | India2011

インド滞在記2011 その9: India 2011 Part9

a0186568_9274439.jpg まだ3/1です。この日、計4ヶ所の遺跡を訪れ、総移動距離は300km以上です。その間、ずっと同行していただいたDr.Shindeには、いくら感謝しても足りないですね。
 で、Mitathal遺跡の後は、Rakhi Garhi遺跡へ向かいました。インド側で最大とも言われるインダス文明期の遺跡です。しかし道のりが遠いので、途中、National Highway10の道端のキオスクで小休止。中央がDr.Shinde、右はインド留学中のKさん、左はドライバーです。
・short stop on NH10, Dr.Shinde (centre) and Ayumu (right)
a0186568_9453758.jpg 小袋のスナック菓子がずらりとぶら下がっています。どこへ行っても同じ光景ですね。
 辛い系、甘酸っぱい系、ポテト、コーン、豆、いろいろあります。インドで修業中のK先生、インド留学中のKさん、それぞれ好みのブランドと味があるようです。

・front of a kiosk, it is quite different view from Japanese kiosk. Indian make snacks hanging, but we make them stacking up...

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 もう一つ日本ではみないもの。車のサン・バイザーを下ろすと...な、なんと?!液晶テレビが仕込まれていましたよ。
・a small liquid crystal TV set on sun visor of our taxi. This is also different way from us. We don't set it like this..

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by asiansophia | 2011-05-14 10:00 | India2011