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カテゴリ:考古学(いろいろ)( 15 )

新刊紹介:シリーズ遺跡を学ぶ083『北の縄文鉱山・上岩川遺跡群』

 新泉社『遺跡を学ぶ』シリーズの新刊です。


 縄文時代の石器、というとまだまだマイナーな研究分野ですが、なかなかどうして、当時の経済や社会を考えるために貴重な情報を提供してくれるのですよ。
 本書では、道路建設に先立つ調査で発見された、珪質頁岩の原産地遺跡群―原石の採掘から石器製作まで行なわれた「コンビナート」と言える遺跡ですね―の調査成果を軸に、近隣の集落における石器のあり方から、持ち運ばれ、交換され、または分配された石器を通して、技術、経済、社会を描き出そうとしています。石器の種類、かたちや名称、分類、機能と言った遺物論ではなくて、石器や石材が縄文人、縄文時代社会にどのように取り扱われていたのか、をテーマに掘り下げられているということです。

 著者の吉川さんとは...大学以来の長いお付き合いです。発掘調査や整理作業など、ずいぶんあちこちご一緒しました。遠路、シリアの調査も...
 その後、吉川さんが秋田に奉職されてからは、なかなかご一緒する機会がないのですが...でも、4年ほど前に『考古学ジャーナル』誌の「時空間の連鎖:打製石器の製作・使用」特集に、本書と関わる内容についてご寄稿いただきました(吉川耕太郎2008「東北日本における石材資源の獲得と消費」『考古学ジャーナル』No.575:23-27、ニューサイエンス社)。日本考古学では、それこそ学生として基礎を学ぶ段階から、旧石器時代、縄文時代といった時代ごとに輪切りにしてしまう傾向がとても強いのですが、秋田というフィールドで、珪質頁岩という石材を軸に、3万年におよぶ長い期間を通時代的に俯瞰することができるのが、吉川さんの強みです。
 石器石材の取り扱い方から、技術、そしてその経済的、社会的背景を通して、あらためて「時代性」を明らかにすることができるのです。

 さらに「地域」の垣根も飛び越えて、パキスタン・ローフリー丘陵のチャート原産地遺跡群と比較し、時代・地域を越えた石材開発の共通性―と、もちろん相違点―を検討し、石器をめぐる人類史を語りたいなぁ、などと空想はするのですけどなかなか実現はしませんね。
 次は、ぜひパキスタンに来てください(笑)

 あと、1点だけですが、リクエストをいただいて写真を提供しました。86ページの図62です。中央に写っているのは、L大学のA.S.さん。実は、拙著(
『武蔵野に残る旧石器人の足跡・砂川遺跡』
)にも登場してます。シリーズを通じて2冊に登場している方は希少なのではないでしょうか。しかも、遥か海を越えて(笑)

 カラー写真も満載で、お買い得です。ぜひ、お買い求めください。
吉川耕太郎著 『北の縄文鉱山・上岩川遺跡群』

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by asiansophia | 2012-03-22 19:00 | 考古学(いろいろ)

エジプトにおける遺跡の破壊・略奪

 エジプトで長期独裁を続けていたムバラク政権が崩壊して1年が経ちました。
 「革命」の最終局面では、カイロの考古博物館が略奪を受け貴重な文化遺産が破壊されたのをはじめ、各地の遺跡や博物館、収蔵庫などが被害にあったというニュースが相次ぎました。骨董の闇市場での換金可能性から、人命にかかわらずともアピール性が高いという判断、一方で保護する立場からは市民の生命・安全より順位を低くせざるを得ないという状況まで、文化財が手っ取り早く狙いやすいソフト・ターゲットになる傾向は強まっているようです。
 そして「革命」から1年、エジプト国内は「革命」後の政治体制をめぐってまだ混乱が続いているようです。そのような中で、遺跡・文化財の危機的な状況についてのニュースが入ってきました。
 現場は、アメリカ、カリフォルニア州立大学バークレー校が発掘調査を継続している、カイロの南のEl Hibeh遺跡です
 
 
(上記2点の画像は、U.C.Barkleyのサイトより)

 以下、Facebook上でUCバークレーの古代史・地中海考古学研究所のCarol Redmount准教授らが立ち上げたページの情報を中心に、現状を紹介します。
 なお、インターネット上での情報の共有・拡散と関係機関等への情報提供、要望の提出などにより、現地紙での報道や、関係機関が対応を表明したりしているようですが、3/17には、略奪者たちがブルドーザーを持ち出して墓地の破壊と略奪を行なっているとの情報も入りました。何らかの対策がとられる前に、奪えるだけのものは奪ってしまおうということなのではないか、とのことです。

'Save El Hibeh Egypt'(Facebookページ:オープン・グループ)
「エジプトの歴史に関心を抱くすべての方へ:
 現在、エジプト中の遺跡が深刻な略奪の危機に瀕しています。カイロの南3時間に所在するEl Hibeh遺跡もそのひとつです。これらの遺跡が略奪を受けたならば、貴重な情報が永遠に失われることになるでしょう。それらを再生することは不可能なのです。El Hibehは、第3中間期のほとんどかく乱されていない都市のマウンドとして重要な遺跡です。都市はBC1070頃、ルクソールまたはテーベのアモン神官により創建され、その後もプトレマイオス朝期、ローマ、コプト、初期イスラム期に至るまでの1,700年間の重要な遺構が残されています。私たちはこのグループ・ページに、遺跡や略奪の状況の写真、この問題に冠する記事などを投稿します。そして、あなたがたが、可能なときに可能な場所で、この問題を世界に広め、このグループに友人を集め、注意を喚起することを期待しています。私たちは、2011年1月28日以降、警察による十分な保護がない中で深刻な被害を受けているEl Hibehとそのほかの数百の遺跡を守るために立ち上がらなければなりません。」
「なぜこのグループを立ち上げたのか:
 私たちのHibehでの最後の発掘は2009年に行なわれました。その後、さまざまな理由により調査を再開できずにいました。2011年1月革命以降、関係者とコンタクトを取り、みなほとんど無事であることを確認しましたが、一方で遺跡の略奪についての話も耳にしました。そし実際に、遺跡は「非常に深刻な状態にある」と聞かされたのです。私は、5月に遺跡を訪問した人びととによって撮影された写真を見るまで「非常に深刻な状態」が何を意味しているのか分かっていませんでした。その後も、6月、12月、2012年1月に、略奪の写真が送られてきました。遺跡の北の村の住人が、夜間に略奪を続けているが、誰もこの住人を捕まえられないのだと聞きました。私がこの2月にエジプトに到着するまでの状況は以上の通りです。
 そして2月中旬に私はエジプトに赴き、SCAとの契約にサインし、調査を開始する準備を整えました。調査を開始しようとしていた前日に、私は、地元の警察がわたしたちの調査許可を渋っているとの電話を受けました。要するに、遺跡の北の村の「ギャング」が遺跡略奪のマフィアを形成していると言うのです。この犯罪者は、革命後に刑務所を出た殺人犯でした。彼のマフィアは遺跡の大規模な略奪をやめずにいます。私が、先週、調査隊宿舎からカイロへ戻る途上、わたしたちのバンにのって遺跡のそばを通り過ぎたとき、10人の男が、近くにオートバイを停めておいて大っぴらに遺跡を盗掘しているところを目撃しました(私たちは彼らの写真を撮りました)。
 わたしたちの運転手のひとりは金曜日に同じ道を通り、大勢の男が日中、大々的に盗掘していたと報告してきました。これは、現在進行中の危機です。彼らは遺跡を破壊し続けています。SCAの担当者は盗掘・略奪を止めるためにあらゆる努力をしています。しかし何ら効果をあげていません。警察はこの状況を無視しているのか、見てみぬふりを決め込んでいるのか、またはもっと悪い状況かもしれません。」

※関連サイト・記事
'Massive looting at El Hibeh, Egypt' (Past Horizons: adventures in archaeologyの記事)
 盗掘により破壊され、人骨や遺物が散乱した墓地の写真などが公開されています。


'El Hibeh destruction continues' (Nile Wave Travel: it's all about Egyptの記事)
 地元紙の記事の画像。掘り出されて放棄されたミイラ...


"Protect Egypts Archaeological Sites"
 エジプトの考古局や政府に提出する署名をネット上で集めているサイト。氏名、メールアドレス、国名、郵便番号を入力すると署名できます。
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by asiansophia | 2012-03-18 11:17 | 考古学(いろいろ)

『大脱走』のトンネルを発掘!!/excavation of 'The Great Escape'

 イギリス・ミラー紙の記事より。

 リチャード・アッテンボロー監督、チャールズ・ブロンソン主演、テーマ曲が印象的な映画『大脱走』は、第2次世界大戦中の実話をベースにしたストーリーなんだそうですが... なんと、本物の「大脱走」のトンネルが発掘調査されたというニュースです。
 場所はポーランド、かつてドイツ軍の第3航空兵捕虜収容所(Stalag Luft III)があったところです。
 竪坑が、崩落を防ぐためにつなぎ合わせられたベッドの板とともに発見され、ミルクの缶で作られた通気孔はまだ使える状態だったそうです。「ジョージ」と名づけられた予備のトンネルからは、掘削のための道具やミルク缶で作られたランプなども見つかったとか。
 すごい発掘ですね。
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by asiansophia | 2011-11-21 06:00 | 考古学(いろいろ)

企画展「明治・大正期の人類学・考古学者伝」/ 'Early Anthropologists and Archaeologists in Japan'

 板橋区郷土資料館平成23年度秋季企画展「明治・大正期の人類学・考古学者伝-学者たちの絵葉書・絵手紙の世界-」の図録です。
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 晩年を板橋・徳丸で過ごした、草創期の人類学者・石田収藏による絵手紙、あるいは石田宛の手紙類を一挙に収録しています。ご遺族により寄贈された資料だそうです。石田宛の手紙の差出人は、坪井正五郎、鳥居龍藏、大野雲外、柴田常恵、八木奘三郎、高橋健司、中谷治宇二郎、濱田耕作、松村瞭、金田一京助、内藤湖南...明治~大正期の人類学、考古学および関連領域の錚々たる面々です。
 手紙と言うのはプライベートな内容を含んでいたり、取り扱いが難しい場合もあるとは思いますが、たとえば現在では確認が難しくなってしまった鳥居龍藏の朝鮮半島調査の行程を葉書の差し出し地と日時、内容から追跡することができたり(巻末論文 守屋幸一「石田収藏旧蔵絵葉書と人類学教室の人びと」)、貴重な歴史・学史資料となることは間違いありません。草創期の日本人類学・考古学のあゆみを紐とくための重要な情報を集録した図録と言えるでしょう。
 展示は、11/20(日)まで。会期は残りわずかです。
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(図録裏表紙、石田自身によるものと大野雲外らの絵手紙)


'Early Anthropologist and Archaeologist in Meiji-Taisho era: the world of pictorial postcards and postcards with drawing by scholars', the catalog of 2011 Autumn temporary exhibition at Itabashi Ward History Museum.
The catalog contains more than 100 pieces of postcards those which written by Shuzo Ishida, early Anthropologist in Japan, with some drawing by himself, and sent to Ishida from various- and famous anthropologists and archaeologists lived in early 20C.AD.
Itabashi Ward History Museum (Tokyo, Japan) continues unique project to gather records of various activity of early Japanese anthropologists and archaeologists, including photos, diaries, letters and postcards, etc. And they make special exhibitions and publish catalogs every year for these tens of years. These series of project should provide important material of research history in the formative period of Japanese Anthropology and Archaeology.
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by asiansophia | 2011-11-17 18:11 | 考古学(いろいろ)

江戸時代の多摩の農村/ Archaeology of rural village in Early Modern Age

a0186568_23451441.jpg 突然ですが、近世考古学です。過去記事でもちょっとだけ触れた本業の遺跡調査・報告の仕事に関連して、この秋に近・現代の調査成果を中心とした企画展を行ないます。その際に、メインディッシュの調布飛行場関連資料だけでなく、飛行場以前についても取り上げよう、ということなのですが...
 実は、わが遺跡では調布飛行場以前の時代の遺構、遺物はほとんど見つかっていません(写真は第2次大戦期の戦闘機用掩体壕)。
 しかし、何で見つからないのか、それなりに意味があるわけでして... わずかながら出土している断片的な遺物を手がかりに、周辺の遺跡と比較して、近世(江戸時代)~近代(明治・大正時代)にかけて、わが遺跡が、人びとの暮らしの中でどのような場所だったのかを探ろう、というわけです。
 とは言え、まったくの門外漢なので、プロのご指導をいただきながら手探りでイチから勉強...そのメモのようなものです。
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 非常に大雑把ですが、対象とする武蔵野台地の南部つまり旧北多摩郡の南部では、古代~中世の遺跡はおもに多摩川低地沿いに分布します。野川流域では、深大寺より下流に遺跡が分布し、上流側には寺院やお墓関係以外の、生活の場としての遺跡はあまり見られません。
 これはひとえに、農業水利と密接に関連してものと言えそうです。
 江戸時代に入ると、人口の増加、開発が進みますが、それでも新開村、新田は、街道沿い、水路沿いです。にぎやかな甲州道中の宿駅や近隣村落に対して、遺跡(上図の赤丸印)の周囲は静かな農村地帯だったのでしょう。遺跡範囲自体は、明治前半の迅速図でも山林となっていますので、上石原宿や飛田給村などの秣場などとして利用されてきたのでしょうか。
 わが遺跡の近くでは、府中市の朝日町神明台遺跡(「朝日町神明台遺跡 府中市朝日町3丁目・旧調布基地跡地内遺跡の調査概要」:現在の榊原記念病院です)で新田村落の屋敷地が発掘されています。ここは多摩川沿いの押立村の持添新田として18世紀以降に開かれたと考えられます。
 この遺跡からは、井戸跡などから陶磁器類が出土しています。碗が多く、ほかには小皿、徳利、擂り鉢、仏具(花瓶など)、灯明皿など、日常の器の一そろいといった感じです。数は、決して多くありません。
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 これに対して、当時の地域の中心地、府中宿の本陣跡(現在、伊勢丹・フォーリスになっています)の新宿宮ノ前遺跡では、多量の陶磁器類が出土しています。写真は、報告書(府中市埋蔵文化財調査報告第17集『武蔵国府関連遺跡調査報告17』)に掲載されているものです。
 ここでは、碗や擂り鉢、灯明皿などのほか、染絵付の大皿、大型の土瓶と湯呑み茶碗、各種の皿、鉢、丼などが出土しています。
 こうした宿場と農村の出土陶磁器の違いについてはプロの方が考察されていますので、ここではアマチュア的に、食膳具の構成についてちょっと考えて見ます。参考にするのは、梶原勝2001「江戸周辺地域における食器様相」『江戸遺跡研究会第14回大会 食器にみる江戸の食生活』です(以下の図は、同論文中の図7~9を再トレースしました。Iさん、ありがとうございます)。


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 細かいことはさておき(スミマセン...)、民俗事例を引用した多摩西部(現・羽村市)における明治~昭和前半の食生活・食膳具の構成が分かりやすいかと。
 まずは日常の食膳。茶碗2膳(飯と汁物)、小皿(お新香か味噌)という、とても慎ましやかな構成です。ただ、農作業の際には、作業の合間にも食事を取るので1日5食(米、団子など中心)だったそうです。
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 一方、婚礼・仏事などにはウドンが振舞われ、品数も増えるので食膳具も増えます。なおオヤワン、ヒラなどは漆器だったようです。
 ということで、ふだんづかいでは碗と小皿のみ。これらは頻繁に使うので比較的壊れる機会が多く、捨てられ、遺跡から出土することも多くなるでしょう。冠婚葬祭用の食器類は、頻繁には使いませんし、当然、大切に扱われるでしょうから出土数も少なくなるでしょう。

a0186568_2146981.jpg 対して宿場では、大勢の人が行きかい、多数の食器類が食膳に供されます。壊れて捨てられる、その回転も農村より圧倒的に速かったでしょう。また大勢に給仕するための大型の土瓶や大皿、農村のふだんづかいの器とは異なる色とりどりでにぎやかな食器類が多数出土する、ということになるのです。
 ちなみに府中・新宿宮ノ前遺跡では、変り種としてヨーロッパ製の磁器も出土しています。当然、輸入品。しかも、普通に手に入るものではなかったでしょう。

 遺物の少なさ(量・内容)もまた、ほかとの対比の中で人びとの暮らしを描き出すための材料になる、というお話し。
 遺構や遺跡そのものが少なかったり、なかったりすることについては、また後ほど。
 やりかけ、途中のお話しばっかり。行き当たりばったりの無計画さ、申し訳ありません...;



 なお資料調査にあたっては、府中市教育委員会・府中市遺跡調査会にご協力いただいております。感謝。
 そして論文集めから資料調査まで全面的にバックアップいただいているO川さんには感謝してもしきれません。引き続きよろしくね^^
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by asiansophia | 2011-09-07 21:50 | 考古学(いろいろ)

新刊紹介:信州の縄文早期の世界/ New book on Inital Jomon Rock shelter site

 8月15日に刊行された新刊が、著者から届きました。ありがとう!!

 著者は、あるときは標高1200mにある喫茶室のマスター、またあるときは北相木村考古博物館の学芸員、またあるときは絶滅動物の生態復元模型製作者の藤森英二さんです。
 さて、ほとんどの人にとって、栃原岩陰遺跡とか、遺跡のある北相木村なんて聞いたこともない?!というところでしょう。長野県と群馬県の県境に近い山間の小さな村の、山\崖↓谷底という峡谷に張りつくように走る国道に面して見つかったのが栃原岩陰遺跡です。
 遺跡の詳細や発見と調査の歴史は、本書や北相木村考古博物館ブログに譲るとして、ここでは私自身の思い出をちょっとだけ...
 本書中にも記されていますが、著者の藤森さんは、大学卒業と同時に、たった一人で縁もゆかりもない山村にひとり就職して、孤軍奮闘、遺跡の保存・整備と博物館の運営、そしてこれまでの発掘資料のとりまとめに全精力(たぶん)を注いできた方です。とは言え、ここに至るまで(またたぶん、ここに至っても)の苦労は並大抵のものではなかったでしょう。
 そんな優秀な後輩(大学の2期下でしたね)の要請を受けて、遺物整理や発掘調査のお手伝いをさせていただいたことがありました。そうそう、合宿の発掘調査3週間~翌日から北相木村で約2週間~その後もまた某所で2週間と、2ヶ月近く家に帰らないロードの日々でしたね。無茶苦茶だったけど、それなりに楽しかった。最終日、帰り着いた上野の焼肉屋での馬鹿騒ぎとか...ね、Y山さん。
 まぁ、私の場合はほんとうにちょびっとお手伝いしただけで、どれほどの役に立ったかは分かりませんが、その後も続けられた藤森さんの努力の結晶が、本書にはぎっしりつまっていますので、ぜひご購入の上、ご一読を!! 新泉社さんから刊行されているこのシリーズ「遺跡を学ぶ」は、定価1500円(+税)なのにフルカラーの写真・図版満載で読みやすくて分かりやすいので、全冊お勧めですから。本当に(笑)

 それはそれとして、少々専門的なことについて指摘すると...タイトルを含め、最新のAMS年代測定の成果も含めて、下層から「縄文早期」ということが謳われているわけですが...土器の型式編年からはじまった時期区分と、本書で解説される生活の在り様とが整合していないようで気になります。早期前半の黒曜石の利用などから見える移動的な生活と岩陰での居住/早期後半以降の活動痕跡の少なさ=定住的集落の出現という画期を考えるのならば、いっそ「早期」の中の前半/後半などと言わずに、ここでズバッと分けてしまえばよいのでは? 型式名のまとまり以外で、「縄文早期とは何か」を見直す重要な遺跡でもあると思うのです、この栃原岩陰遺跡は。いや、もちろん、「縄文早期」ということではなくて、「縄文時代とは何か」、つまり縄文時代的な生活や文化とはどのようなもので、いつごろからはじまり、また本格化するのか、を議論するための重要な材料を提供し得る遺跡だということですよ。
 と、偉そうなこと言ってすみません。藤森さん。これからも(適当に)がんばってくださいね。息子×2がもう少し大きくなったら連れて行きますから。

ところで、ご一緒に、こちらの本もぜひどうぞ(汗)

武蔵野に残る旧石器人の足跡・砂川遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」059)



I have received a new book on Inital Jomon rock shelter site with the compliments of the author. Tochibara Rock Shelter site is located on steep cliff in mountainous Central Highland in Honshu I. and is significant with rich stratigraphy: 5.5 m thick deposits including various pottery, lithic technology and bone/ antler/ seashell objects. The lowest layer is placed as Inital Jomon with pottery typo-chronology. AMS datings of carbon on pottery from the lowest layer show around 10,500yr calBP. It indicates post Younger Dryas- global warming up period.
Rich contents of the site should be key evidence to elucidate post-Younger Dryas adaptation in temperate mountainous area.
Unfortunately this book is written in Japanese only... I will make brief English description some day.
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by asiansophia | 2011-08-29 18:31 | 考古学(いろいろ)

The Day of Archaeology 2011

 以前にも紹介したイギリスでのイベントです。7/29ということですが、現地時間(UTC)ではまだ進行中です。
 Wordpressを利用して、Weblogの形式で今日(7/29)の出来事を投稿することになってます。
 じつは、うっかりしてたらエントリーのためのメールがスパム扱いされているのに気づかず、直前になってようやく主催者とコンタクト取り直して先ほど、ようやく投稿してきました。今、けっこうなハイペースで投稿が増えてます。日本時間で30日0時30分現在で225件の投稿、30件のドラフト(書き込み途中)、16件のアップ待ち、となっていました。ちょうど、現地では午後~夕方の時間帯にかかって、私自身の投稿までの間、1~2分に1本くらいのペースでアップされてますね。
 まだ全部を読むには全く至っていませんが、やっぱり、ご当地イギリスが最多のようです。ウェブ・サイトのAll Entriesのページから、アップされた投稿を見ることができますよ。時代や内容などに関するタグも付されているので、検索するといろいろ出てくると思います。今のところ、Japanで検索すると引っかかるのは2件だけですね。
まだ進行中のイベントなので、また後ほど何かあれば報告します。
では

【7/31追記】7/31AM9:30現在、投稿は400件に達してます。投稿一覧はこちら。日本からのエントリーとして確認できたのは2件ですね。
A Day in Japanese Archaeological Laboratory (by Atsushi)
Toneri site is the oldest village in Adachi, Japan (by Koshikawa)
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by asiansophia | 2011-07-30 00:39 | 考古学(いろいろ)

明治大学平和教育登戸研究所資料館

 本日(6/29)は、お仕事で、川崎市多摩区にある明治大学平和教育登戸研究所資料館へ行ってきました。
 以前にちょこっとだけ紹介しましたが、長らくたずさわっている遺跡調査の現場で、旧日本陸軍調布飛行場関連の遺構・遺物が出土しています。今年、無事その報告書が刊行されたこともあり、今秋(10月末~12月初旬)遺跡の所在地である調布市郷土博物館で、調査成果と出土遺物の紹介を中心とする企画展を開催することになりました。
 その際、11/6に調布市文化会館たづくりで講演会も開催するのですが、その講師を、明治大学文学部教授で登戸研究所資料館長の山田 朗先生にお願いすることになっているので、打ち合わせのために訪れたのです。
 資料館は2010年3月にオープンしていたのですが、恥ずかしながら、見学するのは今回が初めてでした。
 詳しくは直接見学に行くか、同資料館のHPを参照していただければと思いますが...生物化学兵器の開発や風船爆弾だけでなく、経済分野での秘密戦のために偽札を大量に印刷していたという話などもあり、やはり戦争というのはロクでもないものなのだなぁと考え直した次第です。ここで紹介されている秘密戦は、そのほとんどがいかようにも正当化できないものばかりです。われわれ日本人は、とやかくどこか他所の国のことをあれこれ論評しているわけですが、数十年前にはまったく同じようなことを、もっととんでもない規模でやっていたわけで...
 一見の価値はありますので、お近くの方はぜひ。
 最寄り駅は小田急小田原線「生田」駅から徒歩(長い階段をのぼります)、または同「向ヶ丘遊園」駅からバス。明治大学生田キャンパスのいちばん奥(上、南側)です。

関連書籍
陸軍登戸研究所―隠蔽された謀略秘密兵器開発 (明治大学人文科学研究所叢書)

登戸研究所から考える戦争と平和

フィールドワーク陸軍登戸研究所

陸軍登戸研究所の真実
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by asiansophia | 2011-06-30 00:57 | 考古学(いろいろ)

Day of Archaeology2011: 考古学の日2011

"Have you ever wondered what archaeologists really get up to? Is it all just digging or is there a lot more to it? The Day of Archaeology 2011 aims to give a window into the daily lives of archaeologists. Written by them, it will chronicle what they do on one day, July 29th 2011, from those in the field through to specialists working in laboratories and behind computers. This date coincides with the Festival of British Archaeology, which runs from 16th – 31st July 2011." (from Day of Archaeology: About the Project)
I will join this event, both on this web-log and facebook.


 フェイスブック上で見つけた「考古学の日2011」というイベントです。
「考古学者が実際に何をしているのか考えてみたことあるかい? 穴を掘っているだけ? それとも、もっとほかに何かしているのかい? 「考古学の日2011」は、考古学徒の日常を広く知らせる機会を提供しようというイベントだよ。具体的になにをするかって? みんなで、2011年7月29日に何をしたのかを一斉に記録するのさ。発掘現場でのできごと、研究室での専門的な作業、コンピューター上でのあれやこれ、何でもOK。なんで7月29日かって言うと...7月16日~31日まで開催されるイギリス考古学フェスティバルと同時開催するからなんだ」(以上、吹き替え版調でお送りしてみました)。
 7月29日なにをしているのか、写真や動画、ブログの投稿記事などで記録して、「考古学の日2011」のウェブサイトに投稿してね、ということらしいです。ウェブページのトップに引用されている、モーティマー・ウィーラーの「考古学は、物ではなく、人びとを掘り出すのだ」という一文が、主旨を代弁しているようですが、さて、実際にどのようなことになるのやら?
 後ほど、許可を得たら日本語版の参加ガイドラインでもアップしてみます。
 それともすでにどこかにありますかね?

6/19追記
 まだいろいろ準備中のようです。気になる人、参加してみたい人は
1)ウェブサイトを訪問しましょう
2)How to get involved>Contributor Guidlinesのページを確認して、そこに記されているメールアドレスに、参加登録をしましょう。自分が何ものなのか(名前そのほか)と、'I would like to be involved with your event. Please inform me futhermore.'(一例)などと記してメールすると、公式に登録してもらえます。
 (こちらからプロジェクトの主旨も確認しておきましょう)
3)実際の参加方法については、近日中に周知するとのことです。それまでは、ウェブサイトやTwitter (#dayofarch)、フェイスブックなどでフォローしてくださいとのことです。
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by asiansophia | 2011-06-18 16:06 | 考古学(いろいろ)

渋谷界隈: 77th Annual Meeting of JAA

a0186568_1758243.jpg 台風2号の雨、風の中、渋谷界隈まで出かけてきました。ひとりで。
 昨日(5/28)、今日(5/29)は、日本考古学協会第77回総会が、國學院大學で開催されていたのです。

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by asiansophia | 2011-05-29 19:06 | 考古学(いろいろ)